第1回
一般教養科目公開講座
於:SAYAKA小ホール
平成21年5月21日
 
”いのち”を基本に置く社会を



JT生命誌研究館館長
中村 桂子 氏

                     講演要旨

 地球環境問題と人心の荒廃。この二つを懸念する人が増えています。実はどちらも根は同じ。”いのち”を大切にして来なかったからです。
 いのちを大切にするとは、具体的にどういうことか を考えます。

1.はじめに-(新型インフルエンザ患者が出たときでしたので)

 人は、病気を避けられません。通年考えるべき病気には大きく分けて2種類あります。
結核とかコレラなどの感染症。感染症はまずバクテリアと生活習慣病が悪さをしている。感染症は戦前は怖いものであったが、戦後は抗生物質の開発によりかなり対処できます。
ただ感染症でもウイルスといわれるバクテリアよりももっと小さいものは曲者です。ウイルスは生きものではないが、生きものの中に入ると、大量に増えて悪さをします。最近やっとウイルスに対する薬を見つけたところですが、ウイルスは始終自分の性質を変えて逃げるので、怖い存在です。とくに今後トリから出た新型インフルエンザに気をつけなければなりません。

2.全ての生きものはつながりの中で生きている

 本題に入り、生きていることを大事にするとは、具体的にはなにかを考えます。全ての生きものは 「つながりの中で生きている」 のだということを知ってください。どの生きものも、ひとりで生きていることはできない。現代社会は、生きものはつながりの中にいるのだということを忘れています。そのつながりを具体的にお話します。

 つながりとは「今ここにいるという空間的なもの」 これをといいます。「祖先や孫のことまで考える時間的なもの」 これをといいます。その両方のつながりがあります。私たちは、大きな宇宙の中にあります。
 特に現代、考えなければならないつながりは 「時間の問題」です。私たちは目先のことを考えるがちです。例えば今、少子化社会の問題があります。子どもを大事にしなければいけませんが、人口が減ったら国力が下がる、労働力が下がる、年金を支えてくれる人がいなくなる、だから少子化は困ると、中央にいる人たちは考えています。本当に人口が減ったらいけないのだろうか? というのが私の問いです。

 人間は一万年前に農業を始めた。それ以前は狩猟採集の生活をしていた。これは他の生きものと同じです。この時代から今まで、生きものの数は増えていません。人間は農業で、食べ物を作ることになり、人口が増え始めた。さらに、200年前の産業革命により、技術社会が始まり、急速に人口が増加しました。ここ100年の人口増加は恐ろしいほどです。使うエネルギーもどんどん増えています。
 研究のために、容器で細菌を育てると急激に増え、その後止まり、死んでゆきます。私たちは、地球という限られた中で暮らしているのですから、増え続けることはありません。限られた中で上手に生きる方法がある筈ではないか。そのような豊かな暮らしがあると思うのです。

 今、地球上にどれだけの生きものが生きているか解りません。熱帯雨林の中には数千万種類はいる筈です。私たちはまだ調べていませんが、そこに何千万という生きものがいます。
 現代の生物学は、生きものは全て細胞でできていることを明らかにしました。細胞はDNAを持っている。38億年前の地球の海の中で1つの細胞が生まれた。科学はまだその様子を知りません。想像もつかない長い時間をかけて、細胞が増え、進化をし、多様な生き物を産みました。
 海の中にいたお魚が、5億年前に陸に上がり多様性を増し、長い時間をかけて私たちがここにいます。生き物のつながりは38億年。それだけかけて今があり、人間がいるのです。

 これを逆にみると、皆さんには両親が、両親にはその両親とさかのぼれます。そして、いま地球上にいる人々は皆アフリカから出発した仲間とわかります。実は人間に最も近いのはチンパンジーですから、それと共通の祖先があるはずです。更に遡ればお魚、そして最後にはひとつの細胞にたどりつきます。

 皆さんは、途中の生き物が欠けたら存在しません。38億年前からつながっている。つながっているのは、細胞にあるDNAを調べるとわかります。
 きのこも38億年の歴史を持っている。アリも38億年。いま生きている生き物は、全部38億年の歴史を体の中に入れて生きているのです。

 私たちは他の生きものを食べないと生きていけない。これもつながりです。いのちの難しさは、いのちを奪わなければ生きてゆけないように出来ているのに、いのちは大切だということを自分の中で考えたり、感じたりすることです。これがいのちを基本におくということです。

 生物がつくっているのは自然です。私たちは自然の一部です。自然は美しいものでありますが、一面めんどうでもあります。暑かったり寒かったり、地震が来たりします。そこで人間は自然との間に人工のものを作って生活しています。お金を増やし、科学技術が進むことは必要ですが、行き過ぎて地球環境の破壊になる。自然の一部なのに自然を壊して上手に生きられるわけがありません。
 地球環境問題の他、人の心の問題も起きています。心が荒廃して、自殺者が3万人もいる、1日にすれば100人もいることになります。これも私たちの中にある自然の破壊です。共に 「いのちを考える社会」 にしなくては解決できません。

 マレーシアやアフリカや南米の熱帯雨林が破壊されています。100億本も植えないと戻りません。森は木だけでは森にはなりません。虫や鳥や動物たちがいて森ができる。年中実がなるイチジクが鍵の木だが、これを支えているのは小さなハチです。イチジクとハチは1億年も前からお互いに助けあって、森を作っている。人間の力よりはるかにすごい虫の力を感じる。

3.豊岡のこどもたち

 兵庫県豊岡の子どもたちのお話をします。豊岡は4年前洪水に見舞われて、悲しい思いをした。その時に、人間は助け合うことに気がついた。
 そこで、こうのとりを助ける、食べ物を与えるために田んぼを借りた。田んぼに生きものを入れるために魚道をつくった。農薬を使わないので少し高いが、お米がとれ、これを給食に使って豊岡の子どもが食べている。これが彼らが感じたつながりです。

 文部科学省は、生きる力をつけましょう と言っているが、聞いても答えてくれません。私は生きる力が解りました。
 子どもたちの生きる力を見る指標が3つあります。1つは笑顔、2つ目は交渉力・人間関係づくり、3つ目は表現力・上手に発表できる力 である。これは私が考えたこと。

 誰かに優しくしてもらったから、誰かに(=こうのとりに)、優しくしよう。生きものと接している子どもたちは、全部生きる力が拡がっています。生きものにのめりこんでいる子どもたちは、生きる力を持っています。コンピューターと付き合っている子どもにはない生きる力です。私たちの時代には当たり前のことでしたが・・・。

4.生きものをみつめる

 日本人には、昔から生きものと付き合ってきた歴史があります。
源氏物語には、生きもののこと、自然のことを大切にする暮らしが書いてあります。鈴虫の巻で、源氏は女三宮を訪れる時、事前に鈴虫を贈るのです。女三宮の庭には萩が咲き、十五夜があり、虫が鳴いていることを想像してみてください。そこには自然とつながっている豊かな暮らしがあります。これを受け継ぎませんか。
 また、虫を集めさせて可愛がる姫がいた。この虫から、あの美しい蝶が生まれてくる。この姫は生きものをしっかり見つめて、そこから「愛ずる」ということが生まれる。この愛はとても知的です。生きものを良く見た上でそれを愛する。

 私たちは文明を持って、便利に暮らす人間であると同時に、38億年前から続いた生きものひとつです。
 私たちが生きものだということを実感し、生きものをみつめて、つながりの中にいるということを是非若い方、子どもたちに伝えてください。


ちょうど新型インフルエンザの警戒期間だったため、
会場入り口で手の消毒とマスクの配布を行いました。



平成21年5月 講演の舞台活花

活花は季節に合わせて舞台を飾っています。
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