平成19年度
熟年大学

第六回
一般教養科目公開講座
於:SAYAKA小ホール
平成19年11月15日

 
21世紀はバイオの時代
~バイオは救世主になれるか~



大阪府立大学 名誉教授
川崎 東彦 氏

                    講演要旨

世界人口の急増により懸念される食糧不足、環境悪化、資源・エネルギーの枯渇、医療・健康問題などに、バイオ技術は貢献できるのでしょうか、急速に進展している先端バイオ技術を紹介します。

1.はじめに

 私は永年、応用微生物学をやってきた。応用微生物学というのはバイオの本家本元のようなもので、今はバイオ、バイオという時代になったが、応用微生物学者にとっては昔からやっていたことである。
 バイオというのは、生物の機能・資源を如何に有効利用するかということである。今日は微生物(オールドバイオ)の話ではなく、いま特に問題になっている組換え食品を中心に話をしたいと思う。


2.バイオが貢献する四つの分野

 なぜ今バイオなのか?これまでの産業社会は、大量のエネルギーを使う産業・社会であった。石油や天然ガスに依存した社会である。世界の人口がもの凄く増え、今は60億だが、50年後には1.5倍の90億近くになる。
 となるとますます石油等エネルギーの使用が増える。大量エネルギー消費のシステムを、省エネで、環境にやさしい、しかも再生可能な材料で、循環型社会を作ろうということです。
 それが将に生物資源、バイオなのだ。21世紀はバイオが大きく活用されることになる。


①食糧 

 人口が90億近くになると、当然食糧問題が起こってくる。人口は掛け算的に増えていくが、食糧生産は足し算的でしか増えない。食糧需給の問題は目に見えている。ではどうするか? となると、増産あるいは品質を高めるしかない。その時にバイオがどう使われるのか、ということだが、今日は組換え作物とクローン家畜に絞って話をしてみたい。

②エネルギー・資源
 いま化石燃料をふんだんに使っているが、化石燃料はいつかは枯渇する。これに代わるエネルギーとして何を使うか。バイオマスつまり生物有機体を再生可能なエネルギーとして使おうということである。

③環境
 人口が90億になると、当然エネルギー消費も増える。石油・石炭を焚くと酸性雨の問題が生じるし、環境汚染物質が地球上に蔓延する。
 炭酸ガスは生物が吸収し、生物だけだとバランスよく循環するのだが、化石燃料を燃やすために吸収しきれず循環系を壊している。今、炭酸ガスを集めて地中や海底に埋めることなどが考えられているが、バイオでは炭酸固定能を高めた植物で吸収させようということが考えられている。
 また、生ごみの問題もある。海洋投棄がだめになって、埋め立て地が満杯なのでそれをどんどん燃やしている。 しかしバイオテクノロジーからみれば、生ごみも有用な資源である。これら有機廃棄物は2億8,000万トンあるといわれている。これから有用なものを取り出す、または堆肥にすれば、いま全世界で使われている化学肥料よりも、うんと沢山の肥料が出来るといわれている。環境問題はバイオテクノロジーが貢献できる大きな課題といえる。

④医療
 高齢化が進んでおり、人がどんどん長生きするようになった。結構なことです。バイオというのはもの作りに使うだけでなく、生命のからくりを明らかにする技術でもある。われわれの健康などにその知見が生かされる。病気のからくりがわかってき、治療法もわかってくる。この分野でも大きな役割が期待される。


3.遺伝子組換え作物

 皆さんは遺伝子組換え作物を食べるのは不安で、できれば避けたいと思っていますか?
                (圧倒的多数が挙手)


 その不安に対して、しっかりした理由をお持ちでしょうか?生命に人間が手を突っ込んで、かき回す様な事は許せないという宗教的な意味でしょうか。本当に科学的な根拠で食べないと確信しているのでしょうか。私はバイオサイエンスをやっている関係上、組換え食物を応援する立場で話をします。

 いま世界で遺伝子組換え作物はどんどん増えている。その作付面積は、2003年には6,700万haであったが、2006年には1億200万haになった(日本の耕作地面積は既に500万haを切っている)。そこでは主に大豆・綿・カノーラ(なたね)・とうもろこしが作付けされている。少しデータは古いが米国では、大豆の74%、綿76%、カノーラ67%、とうもろこしの27%で遺伝子組換え作物が作付けされている。

 日本では拒否反応が強く、非組換え作物を求めるので、非組換え作物の価格が高騰している。平成11年の話であるが、キリン・アサヒ・サッポロのビール各社が、「組換え作物を使いません」と 大々的に報道された。ビールも大麦だけで作るのではなく、コーンスターチ(とうもろこしの澱粉)を使っているのだが、大企業が組換えコーンスターチを使わないといっているのだから、組換え作物には何か問題があるのでは? と消費者は思ってしまう。
 また一時、スターリンク(飼料用の組換えとうもろこし)を食べるとアレルギーが出るという報告が出たが、よくよく調べてみると、アレルギーの原因は全く別のところにあった。しかし風評は広がってしまった。

 ただ、現実には組換え作物を一切拒否しても、全くゼロにするのは不可能である。というのは、収穫、運搬、貯蔵などの過程で少しずつ混ざってくる。国内で使っている種子にも、組換え遺伝子の種子が混入している。
 例えば豆腐や納豆に、使っていないと表示してあっても、調べてみるとその6割に組換え遺伝子がみつかった。これはどうしようもない。だから国民生活センターは、5%までは混じっていても「非使用」と表示してかまわないとしている。これが現実である。世界中で組換え作物がどんどん増えてくるのだから、完全にオフリミットにするのは技術的に難しい。

 飼料としての大豆・とうもろこしは、その殆んどを輸入している。日本の食糧自給率は29%~27%であるが、とうもろこしはほぼ100%、大豆は97%、小麦は全消費量の90%を輸入に頼っている。その海外で作られている殆んどが組換え作物に変わっているのが現実である。

 飽食の時代にどうして変なものを食べさせるのか? というのが消費者の素朴な不満であろう。しかし今日本や欧米諸国はいいが、飢餓が迫っている国が世界には沢山ある。
皆さんが食べる食品で、100%安全なものがあるだろうか?全く農薬を使っていない農作物があるだろうか?魚(養殖の)は薬漬けだし、家畜の餌には薬がいっぱい入っている。

 なぜ組換え作物が必要になってくるのか。食糧というとき、それは穀物を指しますが、その生産量は全世界で約18~19億トンで、数年前から殆んど増えていない。
人間が健康な生活を維持するのに必要な穀物は1年間で250kgであるが、2015年には一人当たりの分配量はその必要量を下回ってくる。

 「宇宙船地球号の定員」 ということがよくいわれるが、耕地面積(24億ha)はもう増えない。アメリカなみの穀物消費量だと地球には20億人、日本や欧州並みの食生活では40億人が定員になる。健康な生活が維持できる下限250kgを、全世界にまんべんなくゆき渡らせると80億人生きられるが、まんべんなくというようなことは不可能である。しかも穀物の50%は、家畜飼料として消費される。家畜1kgの肉を作るのに10kgの穀物が要る。

 大分前のデータだが、既にアジア太平洋で5億2,600万人、全世界で8億人が飢餓の状態にある。まんべんなくゆき渡れば80億人養えるのだが、地域によってアンバランスが起こっている。
 もう一つの問題として食べ残しの量がある。米国の食べ残し量は4,360万トン、4,000万トンの食糧といえば3億人の1年間の食糧である。日本の食べ残し量は家庭ごみ900万トン、スーパー・コンビニの賞味期限切れ等々が200万トン、これでアフガンの人々の3年分の食糧が賄える。一方は飽食、一方は飢餓状態というのが今の地球の現状である。

 食糧増産ををするには耕地面積を増やさなければならないが、いま地球規模で砂漠化が進んでいる。耕すと表土が風雨で流出してしまう。米国西部の農地の例では、200年前には表面に腐葉土が2フィートあったものが、いまでは2~3インチしかない。雨が少ないので必要な水は地下水を汲み上げると、蒸発後に残るのは塩。米国でも沙漠化が進んでおり、世界24億haの耕作地のうち、8億haが劣化して耕作地として不適になりつつある。こういう現状で耕地面積の拡大は殆んど無理で、むしろ減っている。
 また、単位面積あたりの収量増大を目指すのも、先進国では集約農業をこれでもか、これでもかと進めてきたのでこれ以上は無理。従って、残されている手段は植物の育種しかない。高収量・高品質な作物、粗放栽培可能な環境ストレス耐性植物の育種しか、食糧増産に道はない。

 今、作られている作物は、永年育種を重ねて作られた優秀な品種ばかりである。それでも露地で栽培すると、乾燥とか塩害、酸性雨、病虫害とか、いろいろな環境ストレスを受けている。温室で育てれば別だが、収穫できているのは植物の持っている能力の4分の1である。
従って育種の方法は、こういう環境ストレスに耐性を持つ品種を作れば、今の収量は4倍に増やせる。更にいろいろな遺伝子操作をすれば、生産性をぐんと上げることが出来る。

 今、われわれが食べている食物は、交配を繰り返し、突然変異を起こさせながら、何千年もかけて人類が育ててきたものである。しかし遺伝子組換え技術では、それを即座に、かつ偶然を期待せずに行うことが出来るのである。

 いま問題になっているのは、除草剤耐性大豆害虫抵抗性とうもろこし
 まず除草剤耐性大豆だが、農業をやったことがある人はお分かりのとおり、畑仕事は雑草との闘いである。1回の除草剤散布で、作物には効かず、雑草だけ枯らしてしまう事が出来れば、手間が省け、コスト削減にもなる。皆さんは農薬を目の仇にするが、いま農薬がなくなったら農作物は全滅に近い。特に野菜や果物がそうで、最低限の農薬は必要悪である。  
 次に害虫抵抗性とうもろこし。アワノメイガという害虫は、とうもろこしの茎の中に卵を産んで幼虫が茎を食い荒らす。外から農薬を撒いても殆んど効かない、厄介な害虫であるが、殺虫たんぱく質を作る遺伝子をとうもろこしの中に入れてやる。人が食べても害はない。

 安全性のチェックは、徹底的に調べられている。また、国際的に安全性の基準も決められているし、わが国でも審査機関がOKを出す仕組みになっている。


4.おわりに

 これから世界の人口は90億になる。食糧の増産は、耕地面積等々を考えると、組換え作物に頼らざるを得ない。また、食糧増産、品質向上だけでなく、植物を使っていろいろなものが作られ、栄養価の高い作物や、低アレルゲンの作物、食べるワクチンなど医薬品としても使える作物が作られている。
それでもまだ、組換え食物に拒否反応を示しますか?              

 ちょっと、見方が変わってきたという人は、手を挙げてください。(挙手多数)
ありがとうございました。




11月 講演の舞台活花



活花は季節に合わせて舞台を飾っています。
過去4年間の舞台活花とその時の講演要旨を組み合わせた
「講演舞台活花写真画廊」のブログが
ご覧いただけます。

講演舞台写真画廊展
(↑をクリック)