第1回 堺市上神谷方面を訪ねる   令和5年11月24日(金)

上神谷(にわだに)という地名は、遡ること670年、現在の鉢ケ峯寺に創建された鉢峰山閑谷院長福寺(現:法道寺)
が始まりとされています。古い時代には神のことを「みわ」といい、神が降りてこられた伝説があるこの地域は
上神郷(かみつみわのさと)」と呼ばれ、「みわのさと」が「にわのさと」となり「上神谷(にわだに)」という地名になりました。


 
法道寺
7世紀中頃法道仙人が開いたとされる高野山真言宗の寺院です。鎌倉後期の食堂(じきどう)、南北朝中期の多宝塔は
十六羅漢像とともに重要文化財です。古くは長福寺といい多数の寺坊がありました。
食堂(じぎどう)」は、鎌倉時代後期に建てられ、
僧侶が法会の際に食事などを行った建物で、
同時代のものでは府下で金剛寺と法道寺の2棟のみで大変貴重な建物です。


   
法道寺の説明文(左)、多宝塔(中)、境内の紅葉(右)は、紅に染まり見事でした。


上神谷の棚田

 
上神谷の小学校内にある、与謝野晶子文学碑
2007年上神谷小学校創立100周年にちなんで、記念碑として正門を入って右側の植え込み部分に建立されました。

  
櫻井神社
上神谷の八幡さんと呼ばれ、堺市内で唯一の国宝に指定されています。


  
上神谷のこおどり
雨乞いのおどりから始ったといわれ、櫻井神社に奉納されるまつりで、国選択・府無形文化財に指定されています。
鬼や天狗に扮した17人の踊り手たちが演ずるユーモラスな踊りは室町時代の風流踊りの影響がうかがえます。