第8回
一般教養科目公開講座
於:SAYAKA大ホール
2024年1月18日

「日本列島形成のダイナミズム


 

神戸大学海洋底探査センター 客員教授

巽 好幸 氏

講演要旨
  日本列島は弓形をして太平洋に迫り出し、アジア大陸との間には日本海がある。このような日本列島の形は、いつ、どのようにして、そしてなぜ出来上がったのであろうか?日本列島の謎に迫る。

はじめに

 新年早々大変な災害が起きて困難に窮しておられる方々が多くおられます。忘れてはならないのは日本列島が常にこういう地震や火山噴火に遭遇する危険性が世界一高い地域に私たちは住んでいるということです。そういう試練を受けながらも、一方日本列島や地球から非常に大きな恩恵も受けています。恩恵には感謝し、享受しながら自然の脅威には畏敬の念を以って十分に備えることが必要です。

1 なぜ日本列島に火山と地震が集中するのか?

 弓型の「逆くの字」の形をしている日本列島は火山大国、地震大国と呼ばれています。この周辺は地球全体で10数枚あると言われているプレート(地球の表層を覆っている硬い岩盤)の内4枚がひしめき合い、せめぎあいながら活動しています。特に太平洋プレートとフィリピン海プレートが日本列島の下へ沈みこむという複雑な地形をなしています。この沈み込みが試練と恩恵をわれわれに与えているのです。現在111座の活火山(過去1万年の間に活動したことのある火山)があります。なお、死火山という概念を今は用いません。御嶽山のように噴火した例がほかにも見受けられるようになったからです。世界中の活火山の数が1500座ですからその7%もの火山が世界の面積の1%に満たない狭い日本列島に密集している火山大国です。過去数十年間に起きたM5以上の地震を表す図を見ますとやはり世界中で起こる地震の10%くらいが日本で起こっています。世界中で一番地震の多い地震列島、地震大国といわれる所以です。

火山ができるメカニズムは地表から100キロから200キロの深さでプレートに含まれた水分がまわりの圧力のために1000度の高温になり絞り出され上昇します。その水はものを溶かしやすくなりマグマを形成し地表に出たものが火山です。プレートの沈み込む速度が速くなるにつれて火山の形成が進むという関係が認められます。東北地方では日本で最もプレートが速く動き、年間10センチも沈み込むところで水の供給が大きく火山が密集しています。

地震は、プレートの沈み込みと日本列島が乗っているプレートとの間で生じるひずみ、変形が一定の限界まで堆積して耐え切れなくなり破壊現象が起きて断層となる時の揺れ、振動です。だからプレートが沈み込むところでは必ず起こりますし、日本列島では沈み込みが早く大きいため世界でも一番地震が密集する地域になっています。

日本列島が横から押されて圧縮されている状況を示す図がありますが、これを作成するには車のナビについているのと同じようなG P Sという装置を利用しています。国土地理院が多数の電子基準点(観測点)を設け、それぞれの地点の緯度・経度・高度を測定しています。その基準点の変化のデータからどれくらい歪んでいるかがわかります。実際には日本列島が西にギュッと押されていることが判明しています。

地震が起きるところには活断層ができるのですが、それを表す図を見ますと日本列島がずたずたに切られていることがわかります。日本には安全な場所はほぼない、どこでも活断層が動いて地震は起こるということを知っておくべきです。ぜひネットで活断層の分布地図を調べていただきたいと思います。大阪に限らず日本には活断層が密集しているということがわかっていただけます。よく安全な場所はどこかと尋ねられますが、日本ではどこにもないと答えています。大事なのは怯えるだけではなく地震に備えて少なくとも1週間分の備えをしておくことで、そうすればある程度生き延びることはできると思います。

もう一つ日本列島周辺で起こり、この国を地震大国・火山大国にした大事件があります。それはプレートの方向転換です。2000万年前から300万年前にかけてのプレートの運動方向を示す図を見ますと、ただ300万年前といっても地球46億年の歴史から見ますと人間の一生と比較してつい10日前のことになるのですが、西日本に対して直角に沈み込んでいたフィリピン海プレートが北から西に45度方向転換をしたのです。関東地方の地下で西に向かう世界一といわれる巨大な太平洋プレートと北に向かうフィリピン海プレートとが衝突していたのですが大きさで劣るフィリピン海プレートが押し負けて北西方向に向きを変えたのです。これは房総半島の300万年前の時代の地層を見るとそれ以前のものとは方向が北西方向に大きく変わった軸を持ったものが堆積していることから証明されます。これは非常に重要な事件です。これが起こる以前の日本海溝の位置が西に移動しています。そのため東北地方から中部地方にかけて列島が縮まったのです。日本列島が縮む大きな原因です。その為東北地方に高い山が多く生まれ、断層が発達し、地震が増え、今回の能登半島地震の遠因ともなっています。一方、西日本ではそれまで北向きの沈み込みだけであったのが西にずれだしたために地盤を西向きにひきずる力が働くようになりました。その結果地盤の古傷とも言える以前の断層が横にずれだし、つまり中央構造線が横にずれだして、南側の高知県・徳島県の南の方が西方向に移動し始めました。このことが瀬戸内海の誕生に大きな影響を与えています。

2 なぜ日本列島は弓形をしているのか?

 日本列島は太平洋にせり出した弓状の形をしているので弧状列島と呼んでいます。この形になったのは日本海の誕生と大きく関係しています。日本海は日本列島が2000万年位前に大陸からせり出した後にできた隙間のようなもので、海底地形図を見ると、太平洋のようにまったいらではなく、真ん中に大きな大和堆と呼ばれる台地のようなものがあります。他にもこのような台地が点在しています。北側には太平洋などの海底を作っているのと同じ典型的な地殻(地盤)が存在しますが、南側の地殻の組成は後ろに控える大陸と同じもので、それぞれの台地を「破片」として大陸のよく似た地形にあてはめますとジグソーパズルが完成するかのように見事に収まります。日本列島もその大陸に当てはまり、それが大陸からせり出し、その後ろに日本海ができてその中に破片が散らばったことを意味しています。科学的には日本列島を構成している岩石に残っている磁石の性質を調査して大陸からせり出してきたことが確認されています。しかもその磁気が約1500万年位前のものであることも確認されています。日本海は元からあったのではなく日本列島がせり出した後にできた隙間であることが分かります。

 同時にもう一つ大きな事件が起こっています。3000万年前に南の方に存在した火山列島の真ん中で分裂が起こり、東の縁がどんどん東に移動しました。それが現在の伊豆諸島です。残っているのは元の九州・パラオ海嶺と呼ばれる海底諸島です。1500万年前には以上のように日本の周辺で地面が分裂して移動するということが2つ重なって今の日本列島の形になったのです。これだけでもいかに日本列島の地盤がダイナミックな動きをして現在の形になっているか分かります。

3 和食の神髄「出汁」、その誕生秘話

以上のようにダイナミックな動きで高い山の多い日本列島ができたのですが、ではその恩恵である食文化はどうでしょうか。ユネスコの無形文化遺産に和食が選ばれました。某省庁のホームページにはその理由として「日本列島には変化に富んで豊かな自然があり水もきれいだからです」と書かれています。内容に間違いはないように見えますが、「変化に富んで豊かな自然があり水もきれい」なところは日本だけでしょうか。世界中にあるように思えますがそこには和食は成立していません。国内でもいろいろな地域で食のフェスタなどが同じフレーズを使って催されていますが、そこだけが「変化に富み豊かな自然があり水もきれい」なのではないのです。これでは理由付けとしては貧弱であり、単に「おらが村自慢」に終わっているとも言えます。一過性の行事で終わってしまい、決して持続性のある行事にはなっていかないと思います。なぜその地域で特色ある食文化が発達してきたか科学的にも正確に述べないと人々の心には響かないのです。そのような自然環境の中で人々がどのようにその自然の試練と戦いながらその恩恵としての食文化を作って来たのかということまで掘り下げて考えることが重要だと思います。こういう考えから私は「美食地質学」を提唱し本にまとめました。

結局、なぜその地域で特徴ある食文化が発達してきたかを知るということはその地域に住んでいる方がそこがどれほど素晴らしいところであるかということを再発見するために、あるいはシビックプライド(市民の誇り)を醸成するには必要だと思います。今後インバウンドで増える観光客に関しても従来の「日本の味を楽しむ」とか「絶景を楽しむ」という謳い文句では飽き足らず、何故その食がはぐくまれたのか、どのようにしてその絶景ができたのかなどを探求する知的好奇心の豊かな富裕層が増えるだろうと思います。知性を含めた5感に訴えることがこれからのインバウンド対策に重要だろうと思います。

では、和食の根幹をなす「出汁」文化がなぜ日本で発達してきたのか。日本の出汁とは昆布のグルタミン酸、カツオのイノシン酸の合わせ出汁です。フレンチではブイヨンやストックを使いますが獣の肉から取って、野菜のグルタミン酸と合わせます。決定的な違いは昆布か獣かです。日本で獣を使わなかった理由は、通説では殺生を嫌う仏教の影響ですがそれは高々飛鳥時代以降のことであって、より根源的な影響は日本とフランスとの水の違いにあります。水の硬度がかかわっていてそれが高いほどマグネシウムやカルシウムが多く「硬水」と呼ばれ、低いものはそれらがふくまれていず「軟水」と呼ばれます。日本列島の水道水は石灰岩の多い東京と沖縄を除けばほとんど軟水で、一方ヨーロッパ大陸では圧倒的に硬水です。湧水も日本のものは軟水ですがエビアンやコントレックスなどは硬水です。唯一灘の宮水は硬水で男酒と呼ばれる辛口で豊潤な味になっています。

昆布を軟水で煮るとその中に入り込んでグルタミン酸を効果的に抽出します。硬水で煮るとカルシウムで昆布の表面にまくができてしまって十分に水が入れずうまい出汁がとれません。硬水で獣肉を煮ると肉のたんぱく質と結合して灰汁を出します。灰汁を取り除くと獣臭さが消えてうまみ成分を取り出せます。カルシュームを含まない軟水で獣肉を煮ますとあまり灰汁は出ず、獣臭さが残ります。東西の出汁の違いにはこのような科学的な背景があります。国内的には関東の水は硬度が高く東京で店を出そうとする京都の料理人はわざわざ水を京都から運んでいるそうです。

日本の水が軟水である理由は高い山の多い日本列島では急流の川が多いために雨水がカルシウムやマグネシウムを溶かしこむ時間が非常に短いことにあります。一方カルシウムとマグネシウムを多く含む石灰質の地盤の多いヨーロッパではセーヌ川、テムズ川のようにゆっくりと平地を流れているため硬水になるのです。このように水の性質が決定的に異なっているため和食が成立した、特にその根幹の出汁文化が成立したのは日本列島が変動帯にありその造山運動によって高い山ができたことによると言えます。高い山ができたのは、300万年前から日本海溝が列島に向かって西へ押されて断層ができ上に押しだされたことによるもので、その結果奥羽山地、出羽山地が成立しました。もう一つは地下で冷えたマグマがマントルより軽いため上に押し出された結果火山ができるということです。こうしてできたのが那須火山帯です。

縄文時代の人々も獣肉を煮たり焼いたりしていたでしょうが、たぶん煮た肉は獣臭くて食べられなかっただろうと推察します。一方海岸に流れ着いた海藻類を水(軟水)で煮るとおいしい出汁が出るのに気が付いてそれが日本の出汁文化につながったのだろうと考えられます。

4  蕎麦と火山の隠れた関係

 関西に比べて関東では蕎麦文化が盛んで安価に食べられるものとなっています。蕎麦の産地を表す図を見ますと火山の所在地を示す図とほとんど一致します。高い山のすそ野やその近くであるのと同時にほぼ火山灰が造る真っ黒の地層、黒ボク土、であることが共通です。この土は黒くて一見肥沃に見えますがコメや野菜の栽培には少しも適さない、作物に必須の燐を根から供給できない土壌です。唯一育ったのがそのような土壌からでも燐を取り入れられる蕎麦でした。同時に冷涼な気候にも強い作物です。やせた土地に暮らし、他の作物を得られない地域の人々にとっては力強いバックアップ食材になりました。うんちくを並べて蕎麦を礼賛するのも結構ですが、日本が火山大国で蕎麦しか育たない土地で先人たちが苦労して生き延びてきたことを忘れないでいただきたいと思います。

5 豊かな海、リアス海岸を造った海溝型巨大地震

 三陸海岸には地盤が沈降することで、かつての谷が海に沈み、尾根が残って半島になってできたリアス海岸が多く、湾の部分は波が穏やかで北上山地から流れでる窒素やリン、カリなどの栄養分で豊かな食物連鎖が保たれ、漁がしやすく養殖も盛んです。三陸海岸の牡蠣はフランスのブルターニュと並んで牡蠣の双璧をなしています。リアス海岸はほかに伊勢志摩にもありエビや牡蠣や真珠が取れます。高知県の須崎では魚の養殖が盛んです。豊後水道の両側も地形がギザギザの地形で、鯛やハマチや真珠などの養殖がおこなわれています。

リアス海岸はプレートが沈み込む先にあり、三陸沖では海溝型巨大地震、西日本では南海トラフ型地震に伴う地殻変動が原因です。震源域で海底が隆起し、一方そこより内陸側では最大1メーターの沈降が起こります。隆起した時に持ち上げられた海水が津波となって陸を襲います。私たちはこのような試練を受けながら、一方それゆえの恩恵も受けているのです。

6 豊饒の海 瀬戸内海は地盤のシワ

 瀬戸内海にはタコ、タイ、サワラ、アナゴなどのおいしい魚がたくさん育まれていますが、まず魚のうまみ成分は科学的には動物が持つイノシン酸といううまみ成分です。魚の筋肉の中のATPという物質がADPに分解されるときにエネルギーが出ます。そしてこのADPは魚がえらで呼吸して酸素を取り入れることで元のATPという物質に変換されます。このサイクルは魚が生きている間は保たれて潮流の中を泳げます。しかしいったん死んでしまうとこのサイクルは終わり、ATPは他の物質に分解されます。最終的には腐敗しますが、その途中にイノシン酸という物質が作られます。 ATPがたくさん含まれているとイノシン酸も増えてよりおいしいということです。ATPが多いということはエネルギーをたくさん使う、つまり潮流の早い中を元気よく動く魚の方がそれを多く含み、イノシン酸も多くうまみ成分も多いということです。動きの少ない養殖の鯛と明石海峡の早い潮流の中をおよぐ鯛とを食べ比べればわかります。

 ATPをできるだけ多く魚の中にとじこめておくことが大事です。網で魚を掬うとバタバタしてその分ATPは減り、味が落ちます。そこで一本釣りをして上がったときに活〆をして動きを止めるとATPが保存できます。それでもぴくぴく動くのでさらに針金で延髄を破壊して神経締めをします。こうしてイノシン酸の豊富な魚をいただけます。ATPからイノシン酸に変わるには一定の時間がかかります。1.5キロの明石鯛で一晩掛かります。つまり釣りたての魚はイノシン酸が多くないということです。釣りたての魚のコリコリ感は味の薄い死後硬直にすぎません。

 瀬戸内海には速い潮流に泥が流されて砂地になっている瀬戸と呼ばれるところと、潮流が遅く泥が残っている灘と呼ばれるところがあります。備讃瀬戸などの瀬戸ではサワラ、トラフグ、オコゼなどが砂地に卵を産みます。一方播磨灘(淡路島の西の海域)は広くて潮流はあまり早くなくて泥が多く、アナゴやハモがそこに穴をあけて生息しています。このように瀬戸と灘が繰り返す地形は海域だけにとどまらず大阪湾の東方に上町台地・河内平野・生駒山地・奈良盆地・大和山地へと陸域にも低地と高地が続いています。瀬戸は島が多く陸が迫っている所で地盤が隆起しているところであり、平地と高地が中央構造線の北側で繰り返しています。瀬戸内海は300万年より以前はナウマン象やワニのいる陸地でしたが、フィリピン海プレートが南海トラフに対して北西向きに沈み込んで中央構造線の南側が西に動き、北側の瀬戸内地域にシワ状の変形が生じて、隆起域と沈降域が交互に生じたのです。と同時に圧縮された地盤には歪みや変形が生じて多くの活断層ができます。阪神淡路大震災、大阪北部地震を引き起こしたのもこの断層群でした。これからも直下型地震が起こる可能性はあるので十分に備えておく必要があります。

7 日本海の拡大とズワイガニ

 ズワイガニの主要な3つの生息域は日本海、オホーツク海、ベーリング海で、200m以上の水温0度の深海にいます。そこは北極圏の寒気で冷やされた海水が日本列島やアリューシャン列島が存在するために太平洋に流れ出ず、日本海に溜まった冷水域です。カニの産地としては松葉ガニ、柴山ガニ、香住ガニ、津居山ガニ、間人ガニ、越前ガニ、加能ガニなどで200メートルの海域が海岸のすぐ近くに迫っています。カニは鮮度が命ですから浜上げしてゆがくまでの時間が短いほど良いとされています。アジア大陸との間の日本海という割れ目の深い海が沿岸にあるからこそ味わえるのです。日本海が拡大した時にできた割れ目は正断層として日本海側沿岸に沿って海底に分布しています。300万年前からの日本海溝の西進によって押されて盛り上がり、せりあがりました。海の中に海底山地(隆起帯)ができたのです。牡鹿半島、佐渡ヶ島、能登半島もその中に含まれます。能登半島は隆起帯にあり何度も地震が起きています。それにもかかわらず政府の発生予測は低すぎました。そもそも内陸もしくは直下型地震には周期性はほとんどありません。ですから発生確率を過度に信用してはならないことを今回の地震は教えてくれました。

8 おわりに

以上のように我々の食文化は、変動体の日本列島が我々に突き付けてくる試練の裏返しにある恩恵を育んできた先人たちの努力の結晶であると考えます。災害を経ても無常観に浸りすぎることなく、こういう地質学的条件の厳しい地域に住んでいるのだという覚悟を持ったうえで、食文化を楽しみながら前向きにきちっと災厄に対応していくことが大切だと思います。

 


2024年1月 講演の舞台活花



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