第5回
一般教養科目公開講座
於:SAYAKA大ホール
2022年10月20日

月と地球のビミョーな関係


 

大阪大学大学院 理学研究科教授 

寺田 健太郎 氏

講演要旨

「かぐや姫」や「お月見」など、私たちの暮らしにとても馴染み深い「月」。惑星科学的に見ると、惑星に対する衛星の比が大きい不思議な天体です。そんな「月」の最新の研究成果についてご紹介します。


 1. 月と地球のビミョーな関係

 今日は月の話を三つしたいと思います。まず一つ目は、月と地球のビミョウな関係についてです。お月様は、「お月見」をするとか『かぐや姫』の話だとかで、馴染みの深い星だと思います。お月様の話をする前に、まず私たちが住んでいる地球について復習しておきましょう。地球は直径が1万3000キロメートルの青い星です。世界で一番高い山はエベレストで8800メートル、逆に一番凹んでいるところはマリアナ海溝で深さ10キロメートルあります。ところが地球の凸凹は宇宙からは見えないので、宇宙からはまん丸に見えます。私たちが普段吸っているこの空気は、地表から100キロメートルくらいまでで、地表のごく表面にしかありません。宇宙ステーションは、地上から400~500キロメートルのところを回っていて、大阪から東京へ出張に行くぐらいの距離になります。

 今日の主役のお月様はどれくらいの大きさでしょうか?世の中に地球やお月さんの写真はたくさんありますが、地球と月が一緒に撮れている写真はあまりありません。一緒に撮ろうとすると、ずっと遠ざかって撮らないといけないからです。お月様は地球のだいたい四分の一ぐらいの大きさで、直径が3400キロメートルぐらいです。普段私たちは満月は明るいなと思って見ますが、宇宙では月よりも地球の方が断然明るいのです。地球の四分の一ぐらいもある月が地球を回っていることで、地球はいろんな影響を受けています。海の潮の満ち引きですが、これは大きなお月様がいることで、海の水が引っ張られて海面が高くなったり低くなったりするのです。日本には春夏秋冬と四つの季節があります。地球はコマのようにくるくると回っていますが、そのコマの軸が23.4度傾いていて、そのせいで夏は暑く、冬は寒いということになるのです。火星でもお月様は回っているのですが、小さくて20キロメートルぐらい、大阪府より小さいぐらいの岩が回っています。もし月がそのように小さいと地球の軸がプラスマイナス45度、ふらふらしてしまうことになり、日本列島が北極になってしまったり赤道になったり大騒ぎになってしまいます。現在の地球もふらつきますが、大きなお月様のお陰でプラスマイナス1度くらいのブレで収まっています。なぜかと説明するのは少し難しいのですが、直感的に理解してもらうのは自転車の車輪がいいと思います。ゆっくり自転車をこぐとハンドルがふらふらしますが、車輪が速く回ると安定しハンドルがぶれません。速く回ることと、重たいものが回るのは物理的に同じことになります。地球の周りを大きなお月様が回ることで地球の軸はぶれないので、私たちは大きなお月様を持っていてラッキーだったわけです。

 次に地球と月の距離についてお話をしたいと思います。月は地球の四分の一の大きさだと言いました。この月の写真は日本の「はやぶさ2」という探査機が小惑星「リュウグウ」に行く途中で月と地球を振り返って撮った写真です。月と地球の距離は、地球の大きさ30個分くらいで、38万キロメートル離れています。38万キロというとロケットで三日ぐらい、車で行くと半年くらい、歩くと10年くらいの距離になります。遠いといえば遠いのですが、頑張ったら行けるというくらいの距離になります。実際にはもっと正確に月までの距離は決まっています。

 今から50年ほど前にアポロ計画というものがあって宇宙飛行士が月に鏡を置いてきました。専門用語ではレーザーレンジングエクスペリメントと言いますが、簡単に言うと鏡です。鏡に向かって地球からレーザー光線を当てると反射して地球に戻ってきます。この時間を正確に測ることによってかなり正確に月までの距離が分かるのです。この結果から、月は地球から1年間に3㎝ずつ遠ざかっていることが分かりました。どんどん遠ざかっているのです。ということは、昔にさかのぼると、月は地球に近かったということになります。月と地球の距離は今の20分の一だったと考えられています。ただしこのような距離感の時代は45億年前とか46億年前とか、本当に月や地球ができた頃の話になりますから、こんな月を実際に眺めた人間も動物もいません。

 もう一つ別の話をします。一日は24時間で、閏年の時もありますが一年は365日です。このことを皆さんは当たり前だと思っているでしょうが、じつは今私たちが生きている時代がたまたま24時間なだけなのです。昔の化石を調べると、一日の時間はもっと短くて21時間くらいだったことが分かります。どうやって調べるのかといいますと、4億年前のオウム貝の殻を見ると縞模様があり、これは一日ごとに成長していきます。この縞の数を数えると、一年間が何日だったかということが分かります。4億年前は1年が417日だったので、1年の長さが変わらないため、一日は21時間だったことが分かります。他にもいくつか証拠があって昔にさかのぼればさかのぼるほど、一日が短くなります。逆に言うと一日はどんどん長くなっているのです。

 今二つの話をしました。一つは月が地球から遠ざかっている話で、もう一つは地球の回転がどんどん遅くなっているという話です。この二つの話は連動していて、実は一つの同じ現象を見ていることになります。月と地球が近い時、地球は早く回転していましたが、月が地球から離れることによって回転が遅くなっています。専門用語では「角運動量保存の法則」といいますが、月と地球が回転力のようなものを互いにやりとりし、遠ざかることによって回転が遅くなっているのです。これはフィギュアスケートの選手が早くスピンをする時に腕を縮め、腕を伸ばすと回転が遅くなるのと同じ現象です。実はこの現象も大きな月が地球の周りを回っているからこそ起こる現象になります。遠くに離れているように見えるお月様のお陰で、一日の長さが変わったり、海の水が引っ張られたり、春夏秋冬の原因となる地球の回転軸が安定させたりしていることになります。お月様はこんなに離れていても、生命が住みやすいように地球の環境をつくってくれているのだと思えてきます。

 . 月のウサギは何歳なの

 二つ目の話に移ります。月のウサギは何歳なのという話をします。満月を見たときに黒い模様が見えますが、それがウサギの餅つきに見えるという話です。

 われわれ月の研究者は大きなお月様を地球はなぜ持っているのかというところが不思議なわけです。火星にも木星にも土星にもお月様はあるのですが、地球のお月様だけがすごく大きいのです。その大きいお月様のお陰で我々は過ごしやすいわけですが、なぜ我々はそんな大きなお月様を持っているのかを知りたいわけです。

 今から53年前、アポロ11号が月面に着陸しました。お月様は地球を回っていますが、いつも同じ面を地球に向けているので、地球にいる限り我々はこのようなお月様しか見たことがないのです。人類4000年の歴史とかいいますが、月の裏側の模様が分かったのはつい最近のことなのです。

 月の表側を見ると、黒いところがウサギの模様に見えたりしますが、裏側にはほとんどそうした黒い模様はありません。もし裏面が地球を向き満月だったとすると、白くて光をよく反射しますので今より明るさが30%増しになると予想されます。こうしたことも50年ほど前に分かったのです。

 月面は日向と日陰の部分があり、日向は100度以上、日陰はマイナス150度くらいです。地球の1日は24時間ですが、月では時間がゆっくり進み、昼が2週間そして夜が2週間続く環境になります。今人類はNASAでも日本でも、月を目指していますが、どうやって月で夜を過ごすのかが大きな課題になります。日向の時はいいのですが、夜2週間まったく日が当たらずに過ごせるのかということで、太陽電池の開発やリチウム電池の開発が進められています。今、トヨタも月面を走る車を開発しています。月では雨も降らないし風も吹かないので、昔の状況がずっと保存されています。最近の非常によいカメラで月面を撮りますと、50年前のアポロ計画の時に走った月面車の轍の跡が今でもちゃんと残っています。

 これまでに月の岩石のサンプルの持ち帰りに成功している国が三ヵ国あります。それらはアメリカ(NASA)、そして旧ソ連、今のロシア、そしてごく最近中国も着陸しています。持ち帰った月の石を調べることで、月がいつ出来たのか、なぜ出来たのか、どういう風に進化してきたのかということがわかります。いろいろな石がありますが、大別すると白い石と黒い石に分けられます。白い石は斜長岩(しゃちょうがん)と呼ばれる石で、密度が少し軽いものです。黒い石は玄武岩と呼ばれ、溶岩が固まった石になります。この黒い石から、昔 月に火山活動があったことが分かります。黒い石は密度が高く、重くなっています。

 この石たちができた年代を調べるのが私の専門で、放射性元素の数を数えています。ウランというと何か怖い元素のように思われますが、どこにでもあります。花崗岩と呼ばれる大阪城の石垣とか、お墓の石とかの中にも少ないですがウランが入っています。ウランは放射線を出しながら、鉛に変わっていきます。ウランと鉛の数を数えていくと石ができてからどれぐらい経ったかがわかるのです。そのようにして月の石の年齢を調べるのが私の仕事です。月の石の分析から、大昔地球に地球の半分くらいのものがぶつかり、それがもげて月ができたと考えられています。月の石と地球の石とはものすごくよく似ています。隕石とか火星の石とかと比べると全然違っていて、月と地球はものすごく似ているので、「月は地球からもげてできた」と考えると説明がつきます。

 さきほど、大昔 月と地球はものすごく近かったと言いましたが、月はもともと地球からもげてできたのと考えると、それも説明がつきます。「ジャイアントインパクト仮説」といって、まだ仮説ですが、多くの研究者が信用しています。生まれたての月は熱く、溶岩でドロドロのマグマの海だったことが分かっています。いつ地球に物がぶつかったのかはまだよく分からないものの、マグマの海になったのは45.3億年前だと分かっています。太陽系ができて46億年なのでその間にぶつかったことになります。全体は溶岩なのですが、溶岩の中で白い石は浮きます。黒い石は重いので沈んでいきます。出来上がった最初の頃の月は、表面が白い石で覆われて白かったと思われます。

 そして39億年前に大きな小惑星や彗星が月面に衝突して直径数百キロの大きなクレーターができました。クレーターの凹んでいるところに地下から溶岩が噴き出して、最初は赤黒かったと思いますが、それが冷えて真っ黒になりました。だから満月の模様も一つ一つもよく見るとクレーターだということが分かると思います。こうして地球から見るとウサギのような模様ができたのです。月にはクレーターの多いところと少ないところがあります。クレーターの数を数えることで、どっちが古いかを決めることができ、クレーターのたくさんある地域の方が古いことがわかります。このようにクレーターの数から、月の歴史を考える学問をクレーター年代学といいます。

 . 月に吹く地球からの風

 メルヘンなタイトルなのですが、我々はまじめに研究し、2017年に発見した現象です。ネイチャーアストロノミ―で発表し、世界中から反響がありましたので、これを最後に紹介します。結論から申しますと、地球の酸素が月に到達していることを発見したのです。

 ここまでは月と地球の話をしてきましたが、ここからは太陽が登場します。月が地球の周りを回り、地球は太陽の周りを回っています。太陽の大きさは地球の100倍です。太陽と地球の距離はさらにその100倍。実際に太陽の動画をお見せしますが、太陽は時々このように大爆発を起こします。地球と比べて何倍も大きな炎がおこり、この時に太陽から物質が吹き飛ばされます。太陽は水素という元素でできているので、太陽が爆発した時に太陽から水素が宇宙空間に飛び散ります。そうして太陽からまき散らされたもの(水素)が地球まで飛んでくるのです。まるで太陽から風が吹いてきているようなので、これを太陽風と呼んでいます。水素の風は秒速500キロメートルぐらいで吹いています。こんな猛烈な風が太陽から吹いてきて地球は大丈夫なのかといいますと、地球は磁場が守ってくれるのです。地球は大きな棒磁石なので、目には見えませんが磁力線があり、太陽の風をバリアしているのです。猛烈な太陽風・放射線が来ていますが、地球は磁場でそれを守っていることになります。太陽から飛んでくる水素は磁力線を横切ることはできませんが、南極と北極には流れ込んできて、これが地球の大気とぶつかるとオーロラが発生するのです。最初に地球の空気のあるところは地表から100キロメートル、ほんの地球の表面だけだと言いましたが、太陽風はそこまでやってきています。オーロラはちょうどその地上約100キロのところを光らせていることになります。

 太陽と地球の距離は1億5000万キロメートルです。太陽が爆発した情報が来るまでに約8分かかります。一方、太陽風が地球にとどくまでには約2、3日かかります。太陽を見ていて爆発したことが分かれば、2日後か3日後にオーロラがおこります。太陽から風が吹いてくると「地球にも尾っぽがあるのではないか」とある日ひらめきました。彗星が尾を引くように、地球も太陽風を受けて尾っぽを引いているのではないのかと思ったのです。地球の風下に地球の空気が行っているのではないかと思って、日本が打ち上げた月探査衛星「かぐや」のデータを使おうと考えました。「かぐや」は2007年にうちあげて2009年には月面にすでに墜落しています。過去のデータになりますが、もしかしたら地球から風が吹いているのではないかという観点で、もう一度10年前のデータを見直しました。

 「かぐや」は月の周りを2時間で回っていて、月は「かぐや」といっしょに地球の周りを約28日かけて回っています。「かぐや」にはイオンの数を数える装置を積んでいたのですが、そのデータから太陽と地球と月が一直線に並ぶ時だけに酸素のイオンの数が増えていることに気がつきました。太陽と地球と月が一直線になる時、つまり満月の時に地球からの酸素が月に流れていることになります。満月の時にだけ酸素が増えていることを発見したのです。「かぐや姫」は満月の時に月へ帰っていくわけですが、地球から月に向かって吹く酸素の粒の量は、1秒間に親指の先ぐらいのところに2万6000粒の酸素の粒が飛んで行っていることが分かりました。そしてその速度は秒速200キロというものすごい速さで月に行っていることが分かりました。どれくらいの時間かというと約20分後に地球の酸素が月に届いているのです。普通月には酸素がないと言われていますが、月に地球の酸素が行っていることを発見したのです。そんな速さで酸素が月に届いているとすると、地球の酸素は月の石に刺さっていることもわかりました。

 次回の満月は11月8日です。ぜひ月を見上げていただいて、あのウサギの模様はねとか、あの満月には今酸素が行っているのだなど、思い出していただけると幸いです。今日はどうもありがとうございました。



2022年10月 講演の舞台活花



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