第6回
一般教養科目公開講座
於:SAYAKA大ホール
2020年10月15日

中東イスラーム社会


 

京都文教大学 総合社会学部教授
奥野 克己氏

講演要旨

中東イスラームは商業文化、都市文化といわれます。預言者ムハンマドは有能な交易商人でした。都市を舞台に、商業はいかに展開してきたか、映像資料と現地調査から実態を具体的に紹介します。


 
―始めに―
 私は旅が好きで、大学時代にエジプトに留学したことを機に、世界の文化を研究する仕事に就きました。
現在までフィールドワークや研究で、セネガル、フィリピン、オランダ 、アルゼンチン、トルコ、ギリシャ、ネパール等世界各地を訪れました。
特にエジプトにはもう30数年通い続けています。今日は中東イスラーム社会について、多くの映像を交えて、3部構成で説明します。

第1部 イスラームとは

■歴史的な成立過程 
 西暦610年にメッカで預言者ムハンマドがアッラーの啓示を受け、632年ムハンマド没後、啓典「クルアーン」(コーラン)が編纂される。7世紀にはイスラームが拡大(ウマイア朝、アッパース朝)し、世紀にはスーフィズム(イスラーム神秘主義)が生まれる。1015世紀にはスーフィズムが民衆化、教団化する(聖者信仰)が、以降は近代西洋の拡張、中東イスラームの衰退を経て、現在イスラームの人口は世界中で10数億人を数え、さらに増加している。
■信仰・教義 
 イスラームは他に神はないとする唯一性(タウヒード)の一神教で、その教義は政治も宗教も一つのもの、つまり政教分離せずと教えている。
信仰は信(信仰告白、礼拝、喜捨、断食、巡礼)(アッラー、天使、啓典、使徒、来世、神の予定)となっており、5行は5つのするべきこと(義務)を指し、6信はつの信じることをいう。5信は具体的に次の行為をいう。
 ①アッラーを神とするイスラーム教徒であることを公言する 
 「アッラーの他に神はなく、ムハンマドはアッラーの使徒である」と声を出して表明
 ②1日5回メッカに向かって祈りを捧げる
 ③社会的弱者に施しをする(食べ物の分のは貧しい人へ上げなさい)
 ④イスラーム歴で9月がダマダーン、1ヶ月間 日中の飲食を断つ
 ⑤経済的、肉体的に可能であれば、一生に一度はメッカ巡礼をする
■イスラームの特徴―法治(ルール)主義
 以下のつがルールとして教義化されている。
 イバーダート(アッラーへの崇拝、服従)とは、神と人間との関係の取り決め
 ・ムアマラート(行動規範)とは、人間関係をどうするかの取り決め
■イスラーム潮流 
 スーフィズム(イスラーム神秘主義)はイスラームの様々な流れの一つで「修行によりアッラーとの合一をめざす」取組みであり、この取り組みの中で聖者が現れる。
民衆は“ご利益”を求めて聖者の周りに集まり、願掛けなど聖者信仰が生まれた。

第2部 中東イスラーム社会の特徴 - 商人をめぐって

1,商いをめぐる思想


■イスラームと商業、商業をめぐる制度
 クルアーンにも商業的な言い回しが多くあるように、イスラームは商業を重んじる社会である。契約の重視や利息の禁止が法で定められていた。貨幣制度(金銀両本位制)があり、市場審査官による市場の公正さの管理が行われるなどして、高い国際的な信用を保持。

.実践としての商い

■情報、ネットワークと商い、いちば(バザール)世界
 中東は、アフリカ、ヨーロッパ、アフリカとの長距離交易の中継地となっていた。長距離を移動しながら交易をするための制度(貨幣、巡礼、隊商宿)があり、特に隊商宿(キャラバン・サライ)は安全を保障する仕組みとなっていた。また商業の担い手として、倉庫業者(ハッザーン)、運送業者(ラッカード)、現在の商社にあたる交易業者(ムジャッヒズ)がいた。
中東はいちば(バザール)社会であり、ウシ、ヒツジなどの家畜(食肉、 乳製品)、香辛料や貴金属など多くの商品が青空市場で売買された。イスラーム世界では、今も父が娘に、花婿が花嫁に金(キン)を贈る習慣があり、金に価値を求める文化が根付いている。

第3部 世界の中のイスラーム ―ハラールという食規制

1.法治(ルール)主義とハラール規制

■イスラームにおける法治(ルール)主義
  イスラームの行動規範(ムアマラート)として、次の5つがある。
 ・しなさい(遂行の命令)
 ・したほうがいい(遂行の推奨)
 ・どちらでもいい(行為者判断)
 ・しないほうがいい(禁止の推奨)
 ・してはいけない(禁止の命令)

■ハラールとハラーム
 ハラールとハラームは、ともにクルアーン(コーラン)のなかで語られている規範である。
この規範はなぜと「考える」よりも、どうするかと「行動する」ことに 意味がある。クルアーンは「アッラー(神)の言葉」だからである
ハラームは、禁止の命令「するな」である。
例えば、一般的な殺人や窃盗など。さらに、賭け事や、豚肉、酒の摂取もハラームである。
一方、ハラールは手順の行為規定であり、「そのようにすすめられる」ことが求められる。
その結果、許可、認証とされる。
たとえば、決められた手順で家畜が屠殺されること、酒や豚を含まない食品であることなどである。
なおこの規範をめぐってクルアーンでは、期待に従えなかった場合に「それとても、自分から食い気を起こしたり、わざとそむこうとの心からではなくて、やむなく食べた場合には、別に罪にはなりはせぬ」とされている。
これは人の過ちに対するイスラームの寛容さとして、人間性弱説の人間観とみる向きがある。
アラブ首長国連邦のドバイは近代的な都市だが、石油で儲かったわけでなく商業で発展、テーマとして取り組んだのは、
 ①消費(ショッピング)
 ②教育(お金で大学進学可能)
 ③医療(お金を出せば最先端の医療を保証)であった。

.ハラール実践をみる

■グローバルのなかのハラール認証(食品加工、観光サービス)
 マレーシア製造の味の素やネッスルのチョコバー、インドネシアのスプライト、また中東の航空会社での機内食メニュー等でハラール認証が見られる。
イスラーム教徒は世界に十数億人いるとされ、ハラールの実践の仕方は国、地域によって様々である。

≪まとめ≫

 若いころからボロボロになるまで中東と付き合い、様々なことを学んできた。大きな流れの中で出来上がってきたイスラームは、そのパワーが凄すぎて、高齢になった私は、 そのパワーに抗しきれなくなっている。グローバルの世界基準からみると、イスラームはわかり易く、多くの人々がそこへ寄せられていく。イスラームは素晴らしいから、まねろ、倣えとは言わない。
そうしたら我々が築き上げてきた大事な文化や社会が崩れてしまう。スーパーカブで走り、魚料理を食べる方が私には向いているが、だからと言って中東イスラームを否定したり、排除するわけではない。文化の違いはやっぱり“こっちとあっち”なんだと思う。一生懸命イスラームと付き合ってきたが、それは本当に微々たるもので、イスラ-ムの文化、社会といった大きな流れを理解するのは一筋縄ではいかないと思う。
イスラームは世界の中で、大きな流れも小さな流れもあって動いている。マスコミの報道も関心の高い一面だけということも理解し、そうした眼でイスラームを見ていくと、私たちの足元も見えてくると思う。



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