第3回
一般教養科目公開講座
於:SAYAKA大ホール
平成30年7月20日

老化、老人病、認知症を理解する




関西大学人間健康学部教授
黒田 研二 氏

  

講演要旨
     人口高齢化が進み高齢者も認知症の人も増加していく日本、将来に不安を抱く人も多いでしょう。しかし老いや認知症を肯定的に受け止め、もっと楽観的に対処していくことは出来ないでしょうか。老化、老人病、認知症の理解と合わせて、介護予防やこれからの地域づくりについても考えてみましょう。
 
   

はじめに
長寿社会とは、人類が今まで数10万年の歴史の中でやっと到達することができた社会であり、初めて直面する社会です。多くの人が長生きできるようになった社会であり、喜ぶべきことです。ただし、そのような社会は、新たな課題に直面することになります。それでは、次の4項目について考えていきます。

老化・老人病の特徴
、認知症の理解、介護予防の重要性、そして住民参加を基にしたこれからの地域づくりです。老化・老人病の特徴人が成熟したあと、高齢になるにつれて全身的な衰退を示すことを老化といいます。身体組織の細胞数の減少、臓器の萎縮などの変化を伴います。老化には4つの特徴があります。
 ひとつは予備力の低下(最大限発揮できる運動量の低下)、第2に防衛力の低下(反射神経や免疫力の低下)、第3に疲労からの回復力の低下、第4に環境の変化に対する適応力の低下です。また、老化には2つの側面があります。ひとつは生理的老化、これはすべての人に例外なく現れる老化です。もうひとつは、病的老化、これは特定の人々にのみ強く現れる老化です。生活習慣病(がん、高血圧症、動脈硬化症、脳血管疾患、虚血性心疾患など)と呼ばれるものは病的老化といってもいいものです。
 老化の進行の度合いは個人差が大きいし、長い年月をかけて徐々に進行し、その間の生活習慣によってその度合いは影響を受けます。栄養状態、運動習慣、喫煙をしているかなどです。すなわち老化の予防は若い時から考えていくことが必要なのです。
 次にいくつか重要な言葉の説明をします。ひとつは「日常生活動作」、これは人が日常生活を送るために毎日共通に繰り返す基本的な動作、寝返り、起き上がり、起立、移動、歩行、更衣、整容、食事摂取、排泄、入浴などの動作をいいます。もうひとつは「日常生活関連動作」、これは生活の手段として必要なもので、食事の支度、身の回りの片付け、掃除、日用品の買い物、預貯金の出し入れ、電話をかける、交通機関の利用などの動作です。15年前に兵庫県でバス、電車による外出などの日常生活関連動作を調査したことがあります、すると80歳以上の人で外出できない、また、食事の用意ができないと答えた人が半数以上を占めました。加齢により日常動作に支障が出てくるのを防ぐことを介護予防と呼んでいますが、、これからの地域で取り組むべき重要な課題となっています。
 日常生活関連動作の低下を防ぐための原則があります。それは使わない機能は早く衰えるということです。身体や精神機能を使わないことで機能が衰え、日常生活が制限され、活動能力が発揮できなくなることがあります。ではどうすればよいか。役割を持ち、周囲の人々との結びつきがあれば、精神活動は活発になりますが、孤立すれば能力の発揮が抑えられてしまう。高齢になると、周囲の環境によって精神の創造的機能の発現が影響を受けやすくなります。身体を使わないことによって生じるさまざまな障害を医学用語で「廃用症候群」といいます。筋力が低下する、関節が固くなる、骨粗しょう症、肺活量低下、心拍出量低下、起立性低血圧、静脈血栓、胃腸運動の低下、意欲低下(認知症が発症しやすくなる)などがあげられます。
 さて、高齢者の知的能力はどうなのかといいますと、高齢になると数字の記憶や計算のような単純な知的機能の速度の低下が起こります。これらの機能は「流動性知能」といいます。一方、高齢になっても想像力、言語理解力、常識問題などでは衰えは少ない。これらの機能は「結晶性知能」といい、経験等で深まってゆく。物の本質を洞察する力とか判断力は、経験の蓄積とか知的機能を活用する訓練などが相まって深まっていきます。ですから意欲と積極性があれば衰えた機能を衰えない能力が補って、知的能力は発達していきます。認知症のある方でも意欲があれば新しいことにチャレンジして、やりこなすことができるようになります。
 話は変わりますが、今、日本人で亡くなる一番多い病気はがんです。続いて心臓疾患、肺炎、脳血管疾患、老衰などです。喫煙によって生じる肺疾患(COPD)もあります。これらの疾患は、ある程度予防が可能な病気です。
 そこで厚労省では「健康寿命の延伸」を大きな課題として取り組んできています。健康寿命とは健康で日常生活を過ごすことができる期間をいい、平均寿命と健康寿命の差を縮めることを目標に掲げて対策を進めています。
 介護保険制度の下で要支援状態、要介護状態になる原因疾患をみてみます。要支援状態の人では関節疾患、高齢による衰弱、骨折・転倒の順です。関節疾患や骨折の原因となる骨粗しょう症などを整形外科ではロコモティブ・シンドローム(ロコモ)と呼んでいます。要介護状態の人では認知症、脳血管疾患、高齢による衰弱の順となっています。脳血管疾患など血管障害で起こる病気を引き起こしやすい状態をメタボリック・シンドローム(メタボ)と呼んでいます。要介護状態・要支援状態をもたらす原因にはロコモ・メタボの他に認知症・がん・COPDがあげられます。
 ロコモですが、私達の体の筋肉、骨、軟骨は老化による変化で歩くのがつらくなって痛みが生じやすくなりますが。これを予防するためにはどうすればよいのか。腰や膝に痛みがあると体をあまり動かさなくなる、すると筋力が低下する、そのため関節への負担が大きくなる、そのため軟骨がすり減ってさらに痛みが増す、という悪循環を引き起こすことがわかっています。この悪循環を断ち切るにはどうすればよいか。それには体操、とくに@スクワットとA開眼片足立ちが良く、ロコモの予防にもなります。

認知症の理解
 次の話題に移ります。認知症は、記憶障害、判断力の障害、計画や段取りを立てて行動することが難しくなる、そうした症状が意識障害のないのに生じ、そのために社会生活や日常生活に支障がでててきた状態をいいます。それが脳の器質病変の存在によって生じており、他のうつ病などの病気ではないことが条件です。「認知症による物忘れ」と「加齢によるもの忘れ」の違いですが、「認知症のもの忘れ」では自分が体験したこと全ての記憶が抜け落ちることがあるのに、「加齢によるもの忘れ」では、自分の体験の一部分を思い出せないことにとどまります。
 皆さんに認知症を理解してもらうために、私が開発した認知症の知識尺度(15項目)に答えてもらいます。その事項の正答をみていきましょう。
 1.脳の老化によるものなので、歳をとると誰もがなる? (誤)
 2.認知症は様々な疾患が原因となる? (正)
 3.認知症の症状の進行を遅らせる薬がある?(正)
 4.早期の段階から身の回りのことが殆どできなくなる?(誤)
 5.日時や場所の感覚がつかなくなる症状がでる?(正)
 6.認知症の人は、自分の物忘れにより不安を感じている?(正)
 7.認知症は、昔の記憶より、最近の記憶の方が比較的保たれている?(誤)
 8.認知症の人のうつ状態は自信を失いやすい状態であることを表している?
    (正)
 9.不慣れな場所に不安を感じると徘徊を生じやすい?(正)
 10.認知症の物盗られ妄想の相手は、身近にいる人が対象となることが多い?

    (正)
 11.認知症の人は、急がせられたり、注意を受けたりすると混乱を感じる?
    (正)
 12.幻覚・妄想に対しては、否定して修正を図ることが効果的である? (誤)
 13.認知症の人に対して説得や叱責、訂正等は攻撃的な言動を招く? (正)
 14.不安や混乱を取り除くには、なじみのある環境作りが有効である? (正)
 15.介護者の関わり方により、症状が悪化したり、緩和したりする? (正)

 さて、いくつ正答がありましたか。認知症の症状を生じる様々な疾患があります。その代表的な疾患は アルツハイマー病、血管性認知症、レビー小体型認知症(パーキンソン病と類似)。早く見つけ早く治療すれば治ることが可能な疾患は、慢性硬下血腫、正常圧水頭症などで、認知症の場合、どういう原因かを早く見つけ医学的に適切な対応を受けることが大切です。厚労省は介護保険を申請している人を対象に認知症高齢者数の推計をしていますが、日常生活に支障を来す症状が見られる人は、2010年に280万人だったものが、2015年に345万人、2020年に410万人、2025年に470万人と年々増加すると予想をしています。しかしこの推計には介護保険を申請していない人や認知症の初期の人が含まれていません。別の調査から、65歳以上の認知症高齢者は、2013年の推計で462万人、65歳以上の7人に1人が認知症です。軽度認知障害という認知症には至っていない予備群は400万人、認知症の人と合わせると4人に1人以上となります。誰でもが認知症になる可能性があります。認知症の症状に目を向けてみます。症状には中核症状(記憶、見当識、計算、判断力の障害など)と呼ばれるものは認知症になれば必ず生じてきますが、そこから派生する周辺症状(抑うつ、怒り、興奮、徘徊など)は認知症の人すべてに生じるものではありません。介護している人が困ることがあるのはむしろこの周辺症状です。周辺症状には誘因があり、それは身体的誘因(便秘、脱水、疲労、薬の副作用など)、心理的誘因(不安、孤独、恐れなど)、環境的誘因(人間関係、物理的環境など)があります。適切な医療とケアで周辺症状を改善することが可能です。
 認知症の人の支援をするには4つの原則を理解しておくのが重要です。
 1.残された能力を保つ、隠された能力を発揮できるようにする
 2.プラスの感情を増加させる
 3.中核症状からくる支障を軽減する
 4.周辺症状の予防・改善
の4つです。
 そのためには、なじみの関係作り、その人のペースにあわせる、昔の記憶や手続き記憶(身体が覚えている記憶)を呼び覚ます、生活環境を整える、といったケアを心がけるようにします。
 さて、認知症の予防ですが、認知症になることを防ぐ一次予防、軽度認知障害の段階で早く対応する二次予防、認知になっても進行を遅らせる三次予防があります。認知症の予防に何ができるのかといいますと、
 @危険因子となる疾病の管理(高血圧症・糖尿病など)、
 A食事や栄養もリスクを減らす効果がある(抗酸化作用のある緑茶、DHAなど)、B運動・身体活動は発症のリスクを減らす(ウォーキングなどの運動と知的活動を組み合わせて同時に実施)、
 C日々の会話・社会参加で脳を活性化する、人々との交流、地域での活動への参加があります。
これらは進行の予防にもつながります。
 認知症のケアに必要な4つの視点を述べます。
 まず「医学的視点」、認知症には原因となる疾患があり、医学的治療も必要となります。
 第2に「こころを理解する視点」、本人および家族の心を理解することです。
 第3に「環境を理解する視点」、周囲との人間関係や環境によって心理状態や症状が影響を受けることを理解する。
 第4に、「皆で支援する視点」、認知症の総合的支援のためにはさまざまな人々が輪になる必要があります。
 最後に、認知症をどう受け止めるかです。認知症は頻度が多く、誰もがなりうる可能性があります。単に医療や介護の対象というだけでない。長寿社会に向かいつつある日本だけでなく、人類社会が直面しつつある新たな挑戦です。認知症は生活に支障をもたらすが、それを支える仕組みやケアを作りだすことができれば、誰もが安心して暮らせる社会を作り出すことができます。

介護予防の重要性
 次に、介護予防についてです。先にお話ししましたように健康寿命を伸ばすこと、すなわち介護予防が政策として重要視されていますが、そのためには、疾患・生活機能低下に影響する要因、危険因子を減らすことが重要になります。健康に影響する要因は、@生物医学的要因(性別、年齢、体質、遺伝子など)A生活習慣要因(喫煙、酒、運動、食生活など)B環境的・社会的要因(自然環境、人間関係、経済状態、ソーシャルキャピタルなど)に整理することができます。
 ソーシャルキャピタルとは、キャピタルつまり資本とはいっても、お金とは関係がない概念で、日本語では社会関係資本と呼ばれています。これは「相互の信頼」「互酬性の規範(お互い様の意識)」「社会的ネットワーク」といった社会集団の特徴を示す概念で、人々の協調行動が活発な状態を意味しています。ソーシャルキャピタルの豊かな地域ほど住民の健康度が高く、死亡率が低い、また犯罪が少ないということがわかってきました。また地方自治体のパフォーマンス、組織の生産性の高さなどとも関係しています。
 厚労省は「21世紀の国民健康づくり運動(健康日本21)」を2000年度から開始し、2013年度からは「健康日本21(第二次)」を進めています。そこでは国民の健康づくり推進に関する次のような基本的目標を掲げています。
 1.健康寿命の延伸と健康格差の縮小
 2.生活習慣病の発症予防と重症化予防の徹底
 3.社会生活を営むために必要な機能の維持および向上
 4.健康を支え、守るための社会環境の整備
 5.栄養・食生活、身体活動・運動、休養、飲酒、喫煙および歯・口腔の健康に関する生活習慣および社会環境の改善。

  介護予防を進めていくには、こうした健康づくり運動を地域で進めながら、ソーシャルキャピタルを豊かにしていくことが重要です。
 介護予防の話の締めくくりに、介護予防のために大切なことを4つあげておきます。
 @脳卒中や骨粗しょう症等の生活習慣病予防(食生活・運動・健診)、
 A積極的な外出と身体運動の継続(閉じこもり防止)、
 B意欲を持ち前向きに生きる(趣味活動・抑うつの防止)、
 C人々とのつながり(家族・友達や近所の人々との会話)です
。以上を大事にしたいです。

住民参加を基にしたこれからの地域づくり
 最後に、住民参加を基にしたこれからの地域作りについてお話をします。皆さんごぞんじですか、自助・互助・共助・公助という言葉。自分の生活をどのように支えていくかについて4つの種類があります。公助は社会保障による支えです。共助は社会保険にみられるように人々が連帯して制度的に支えあうことです。互助は地域の住民同士やボランティア、友人などの支え、自助は自らの力で自立をめざすことです。互助・自助の状況は、地域によって変わってきます。
 農村部では、住民間の結び付きが強いなど互助が残っているところが多いでしょう。都市部では地域・近隣のつながりが希薄になりやすく、意識的に互助の強化、地域作りを行っていかないと、ますます人々のつながりは希薄になってしまいます。都市部でも、町内会・自治会、校区福祉員会などの取り組みがありますし、ボランティア組織・NPO・生協など互助的活動が芽生えてきています。
 地域で様々な主体が協力して、支えあいの実践に参加することで、生活の安心感、満足度を高めることができます。個々の人の支援力・受援力を高めることにつながっていきます。例として、最近広がってきている「認知症カフェ」というものを紹介します。これは認知症の人・疑いのある人や介護している家族、医師やケアマネジャー等の専門職、住民・ボランティアがそれぞれの立場で参加し、くつろいだ雰囲気で楽しい時間を過ごしながらお互いに学び合う、そのような居場所作りの活動です。

おわりに
 健康づくりと介護予防、地域づくりについて話しましたが、人間は必ず終焉を迎えます。ですから終活に関する事柄にも関心が集まっています。それにどう対応していくか。最近、市町村行政でも終活を取り上げる所が出てきました(例えば狛江市のエンディングノート)。他に日本尊厳死協会が勧めるリビング・ウイル、あるいはアドバンス・ケア・プランニングなどがあります。アドバンス・ケア・プランニングとは、意思決定能力が低下する場合に備えて、あらかじめ、医療従事者や介護提供者などと一緒に、終末期を含めた今後の自分の医療や介護などについて話し合うプロセスを意味しています。
 日本人は昔から死について考えや構えを持っていました。それは色々な辞世の句や歌に残っています。明治36年10月30日、35歳の若さで没した尾崎紅葉の辞世の句を紹介しましょう。
 「死なば秋 露のひぬ間ぞ 面白き」
 自分の人生を「露の乾く間」のはかない時間にたとえて、それを「面白き」と肯定的にとらえています。死ぬのは秋がいい、と冒頭に述べるように、尾崎紅葉は秋の美しい季節のなかで亡くなりました。胃がんの苦しみに耐えたあと、紅葉は「それ生と死とは天地の同胞たり。生の容たるや花の如く美也。死の状たるや雲の如く幽也。」と、生死を超えた心境にたどりついてこの句を詠んだのでした。
 私の話はこれで終わります。ご清聴有難うございました。




平成30年7月 講演の舞台活花



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