第1回
一般教養科目公開講座
於:SAYAKA大ホール
平成27年 5月22日

「自分だけは大丈夫にご用心」
人はなぜ、振り込め詐欺に騙されるのか




阪南大学経済学部准教授
ア濱 秀行 氏

     
公開講座テーマの表示と会場受付  開講にあたり中谷代表からのご挨拶 

講演要旨

よく耳にする「振り込め詐欺」ですが、被害が後を絶ちません。
犯人から連絡が来た時に私たちがとってしまいがちな行動やその背後にあるメカニズムの話などを基に、なぜ人が詐欺被害に遭うのかについて解説します。

 

  「振り込め詐欺」の被害が後を絶ちません。近年では各方面での啓発活動が盛んになっているにもかかわらず、被害が拡大しています。今回の講座では、犯人から連絡が来た時に私たちがとってしまいがちな行動やその背後にあるメカニズムの話などを基に、なぜ人が詐欺被害に遭うのかについて解説していきます。

 最近はインターネットが普及してまいりましたので、オンライン上で文字のコミュニュケーションをしていくことが盛んになってまいりました。いろいろなコミュニティを作ってそこで交流していくと、非常にいい面もありますが、たとえば電子メールのやり取りをしていましたらある日突然、架空請求が届いた、などということもあります。
 これはある方に届いた架空請求の話です(大阪府八尾市ホームページの事例)「今回あなたに対する民事訴訟裁判の訴状が提出されたことを通知します。料金未払いがありそれを請求しましたが支払いがない為、民事訴訟裁判の訴状が提出されました」。よくあるのが、全然身に覚えのないインターネットサイトにアクセスしてその料金が未払の為、請求のメールが何回も来る、というものです。中には請求メールを無視した為に、突然訴状が来て、裁判が起きますと不動産とか個人が持っている資産を差し押さえするという、脅迫じみた内容のものが届く場合もあります。

 私の母も70代に入り、いつ振り込め詐欺に遭うかと心配もしております。近年では、何かの判断をしなければならない状況に直面した場合、冷静に判断をしていく力が弱ってきているのでは?と感じることもあります。ですからもし、たとえば銀行協会を名乗る者から「あなたの口座が危険にさらされています。その口座を凍結する為、先にお金を出さなければなりません。それで口座番号、暗証番号が必要です」と電話口で言われたとすれば、口座番号や暗証番号を思わず言ってしまうのでは、と思う事もあります。

 毎日新聞の記事によりますと「大阪府下における振り込め詐欺被害」2015年1月〜4月まで419件、前年同期196件と2倍以上に増えています。「医療費が還付される」などと嘘を言いい、ATMを操作させて金を騙し取る「還付金詐欺」が急増しています。今年の還付金詐欺に関してみますと212件(前年同期36件)で大幅に増えています。
 被害総額約10億2200万円(前年同期約9億4700万円)で約1億円近く、増えています。いろんな年代の方が被害に遭っておられますが、こと還付金でみますと、被害者のほとんどの方が高齢者です。昨年まではパンフレットを送付してから「老人ホームの入居権を買って」と持ち掛ける特殊詐欺が多かったのですが、最近はパンフレットを送らず、電話だけで騙す傾向が強まっています。

 大阪府警によりますと、府下での詐欺被害に遭った今年1月〜4月までの認知件数は422件です。その中でオレオレ、架空請求、融資保証金、還付金等の振り込め詐欺が389件、類似した詐欺が33件です。被害総額は10億3000万円(前年同期9億4700万円)で非常に額が増えています。架空請求が多いのですが、還付金詐欺が昨年に比べて今年は非常に増えています。

 これらの詐欺のうち、警視庁は、オレオレ詐欺、架空請求、融資保証金、還付金詐欺の4種類を総称して振り込め詐欺と定義しています(以下、大阪府警ホームページの記載を抜粋)。
オレオレ詐欺は電話を利用して親族、警察官、弁護士等を装い、交通事故の示談金などの名目で現金を預金口座に振り込ませる手口です。
架空請求は郵便、インターネット等を利用して不特定多数の者に対し、架空の事実を口実とした料金を請求する文書等を送付して、現金を預金口座等に振り込ませるなどの方法により騙し取る手口です。
融資保証金詐欺は実際には融資しないにもかかわらず、融資する旨の文書等を送付するなどして、融資を申し込んできた者に対し、保証金等を名目に現金を預金口座等に振り込ませる手口です。
還付金等詐欺は税務署や社会保険事務所等の職員を名乗り、税金や保険料等を還付するのに必要な手続きかのように装ってATMまで誘導し、ATMを操作させ、口座間送金により現金を騙し取る手口です。

 大阪府警のホームページを見ますと振り込め詐欺の関連情報を閲覧できます。大阪狭山市のホームページでは「詐欺にご注意」と案内されています。
 全国銀行協会では、手口のポイント、対策のポイント等記載されています。たとえば、「携帯電話の番号が変わった」と電話をかけてきて、時間をおいて「小切手が入ったカバンを置き忘れてきた」とか、「代わりの者がその金を取りに行く」とかいった決まり文句がある事を紹介する、という形で、このような記載を通じて注意を喚起しています。数年前まではここまで啓発がありませんでした。これだけの啓発にも係わらず昨年から今年にかけて被害の件数が増えています。
 ではなぜ、この様な事件が後を絶たないのでしょう。なぜこの様に被害者が発生するのでしょう。なぜ被害者が減らずに増えているのでしょう。皆様はどのようにお考えでしょうか? 「電話では絶対騙されない」「冷静に対応出来る」「騙される奴はドンクサイ」「何百万円も送付するのがそもそも可笑しい」「絶対引っ掛かるわけない」「何で引っ掛かるのか」と思われていませんか?

では、被害に遭う人は何らかの特徴を持っているのでしょうか?
アンケートここをクリックしてくださいに答えて頂きます

(項目番号別の内容)
1〜4   自分が被害に遭うなんて有り得ない心理傾向を表します
5〜8   動揺しやすい、不安定な状態に弱く、常に快適な状態を求める傾向を表します
9〜12  神秘的な事象、自分とか他者の経験を根拠が薄くても簡単に信じてしまう傾向を表します
13〜18 エチケットやマナーの意識度合い、人間関係をどれだけ優先して行動しているかのチェックをしています。点数が高いほど心優しく誠実な態度で接していますが、これが騙される危険度が高いとも言えます
19〜21 相手の肩書などを信用してしまう度合いの強さを表しています
22〜25 集団の影響力にどれだけ弱いかを表しています
採点の結果が15点以下「ひとまず安心」
16点〜25点「注意が必要」
36点以上「とても危険」という基準が示されています。

 被害に遭われた方は点数が高いと予想されます。しかし、実は誰もが被害に遭う可能性を持っているのです。「自分だけは大丈夫」これはただの思い込みに過ぎません。

 「思い込み」という言葉を事典等で引いてみますと「そうだとばかり信じ切っていること」とか「それ以外にないと固く心に決めること」、つまり、ある特定の方向の考え方 (捉え方、解釈の仕方)をすることを意味しています。

 では、人にはどれくらいの思い込みがあるのでしょうか。これから「流れ星」という実習をして頂きます。今から6つの話をさせて頂きます。それをベースにして絵を描いて頂きたいと思います。

1 紙の右上の角から左下の方に向けて星が一つ落ちてきました
2 その星の下に一軒の家が建っています
3 その家の前には大きな池があってアヒルが三羽泳いでいます
4 その家の玄関には旗竿が立っていて日の丸の旗がかかっています
5 その家の後ろには大きな木が1本立っていてその木のてっぺんのところ三日月が見えます
6 渡り鳥が2,3羽飛んでいます

 皆様の絵を見比べて頂きますとそれぞれ違っています。このなかで大事になってくるのが3番目の池の位置です。池をどのあたりに描かれているでしょうか。それぞれ池の位置が違うと思います。では、他の人の絵を見てどのように思われたでしょうか。ご自身の絵の方が正しくて、他の人の位置は違うと思われたのではないでしょうか。このように、人は自分が正しいと思い込む傾向があります。

次に3つの問題に答えて下さい
 4字熟語を完成させて下さい。@□肉□食 A品□方□ B首□一□ C一□□発です。
 中国の晋の車胤の話です。彼は貧乏で灯油を買うことが出来なかった為、蛍のうす明りで夜遅くまで勉強し苦学の果てに有名な学者になった。夜遅くまで蛍のうす明りで勉強しているので昼間はいったいどんな猛勉強ぶりなのかと一人の男がある日、訪ねて行った。その時、彼は何をしていたでしょうか。
 坂道を重い荷物を山ほど積んだ荷車が上っています。前に引手後ろに押手がいます。前の引手に聞くと後ろを押しているのが私の息子です。後ろに回って押手に聞くと前で引いているのは私の父ではありませんと答えます。では2人の関係を答えて下さい。

1 弱肉強食、品行方正、首尾一貫、一触即発。
 これだけが正解でしょうか。焼肉定食、品川方面、首狩一族、一斉摘発という答があるかもしれません。これも間違いではありません。4字熟語という事で国語の勉強を思い描き解答されたのではないでしょうか?実際には別の答も有り得るのです。
2 昼間、蛍を探していた。
 一生懸命勉強していたと答えた人が多いと思います。意外な答えでしたね。
3 母と息子です。
 力仕事は男性がするという前提があれば、母という答が出難いですね。

 この問題は詐欺の話とまったく関係がないよう思われるかもしれませんが、問題を解くに当たって、何がしか前提としている思い込みがあるでしょうし、それをベースに考え、多分これで間違いないと思われた事でしょう。この様に、誰にでも思い込みが生じるものです。また、人は思い込んだことの中身を「正しい」と思うだけではなく、それが正しいと言える理由をも探そうとします。このような傾向は確証バイアスと言う言葉で説明されています。

 確証バイアスとは、ある考えや仮説を抱いてしまうと、それが「正しい」と示す方向の証拠を重視し、またそうした情報を収集することを指します

 。そして自分の考えや仮説に相反する証拠が同時提示されたとしても軽視してしまいがちです。スナイダーが確証バイアスに関する実験をしています。彼らは大学生たちに対し、自分たちが何歳で死ぬかの予測を求めたところ、平均寿命+9歳長生きをすると多くの人が回答しました。それから「大丈夫の幻想」についての講義を実施後、再び何歳で死ぬかと予測をしてもらうと、全体的には、死亡年齢推定値に大きな変化はありませんでした。しかし、「自分だけは大丈夫」(自分だけは長く生きる)ということに関する理由を探し出そうとする動きがありました。当初の信念を捨てるのではなく、それを積極的に正当化し、当初よりも頑なに自分の信念にしがみつく傾向があったのです。

 では、これまでの話をベースにして何故人は振り込め詐欺の被害に遭うのか、例をあげて紹介します。
警視庁ホームページに出ていたものです。
 離れている息子から電話があり、携帯を買い替えて番号が変わったと連絡があった。その新しい番号から電話がかかってきた。アルバイトで浄水器を販売している。販売の失敗をしてその穴埋めをするために会社の金を使いこんだ。使い込んだ金を会社の上司が立て替えてくれて早く返さないと会社をクビになる。98万円振込んで欲しい。
(被害者の方は、)息子と名乗る者からの電話の声を息子と解釈しました。声には特徴というものがあり気がつくと思われるかもしれませんが、実際に電話の声を判断する際には、「声の高さ」「話し方の特徴」「イントネーション」より知人の中で類似の特徴を持つ人を検索し、そのなかから実際にその人かどうか判断していきます。その3つの観点があれば解ると思われがちですが、実際には大まかな年齢と性別の推定ができる程度です。少し声の調子がおかしくても風邪をひいたと相手が言ってくると信じてしまう事もあります。また、一つでも当てはまることがあれば本人(ここでは息子)だと解釈してしまいがちです。

 日本総合研究所は、こうした直感的な判断を下す理由として、「恐怖喚起」「時間的切迫」「加害者の信憑性」「返報性」などを挙げています。そこで、振り込め詐欺に至る過程について、これらのうちのいくつかを使いながら説明します。
 まず、息子がおかれている状況として、「会社の金を使い込んだ。どうしょう」と言うことが挙げられます。これが「恐怖喚起」につながります。
 次に、会社の上司が立て替えをしてくれており、早く返さなければ会社をクビになると言う「時間的な切迫」が見られます。
 その次に、98万円を振り込めば(息子が)会社をクビになることを防げる、上司の好意に報いられる、不祥事が身内の明るみにならずに済む、という、「返報性」が見られます。

 相手のメッセージを実際に吟味するとき必要なことは、メッセージ内容の検討に関する動機とメッセージ検討のための情報処理能力(容量)です。頭の中に余裕があれば良いのですが、緊急事態に対してパニックを起こしているその中でさらにやらなければいけないことが沢山あるので、本当に振り込む必要があるのか検討しようと思っても注意が向かないのです。メッセージ検討(吟味)には動機の部分と情報処理能力の両方とも必要です。片方でも度合いが低いと情報の吟味が困難になります。

 紹介しました事例の場合、検討する動機は高いが情報処理能力に課題があり、情報の吟味が難しくなってきています。そのため、周辺的な手掛かり(送り手の信憑性、メッセージに付随している恐怖等)等を基にした直感的判断をしてしまい冷静な判断が難しくなります。
 このように、「思い込み」「確証バイアス」は誰にでも起こり得ます。直感的判断を促してしまう要因は、恐怖喚起、時間的切迫、加害者の信憑性・返報性などです。直感的判断を行うと情報を客観的に判断することが難しくなります。

 全国銀行協会のホームページをはじめ、振込み詐欺に遭わないようにするためには
☆ 振り込む前に家族に確認する
☆ ATMの利用限度額を少なくする
☆ 携帯電話の番号が変わったとの話があれば、電話を切って元の番号に確認する
☆ 家族の間でも合言葉を決めておき
電話の前に貼っておく(もし相手を信用してしまったら合言葉には意識は向かなくなることもあり注意)等の対策が有効であることが挙げられています。これらはもちろん大切なことですが、人間の心理的なメカニズムのほうが強く働いて、これらの行動をとることができず、結果として被害が増えてきているのが現状です。心理学の面から人間がこの様な特徴を持っている事を皆様に認識して頂き、被害が増えないことを願っています。

 本日は「自分だけは大丈夫」にご用心という話をさせて頂きました。
どうも有難うございました。

振り込め詐欺への注意喚起
消費者庁ホームページ
https://www.dic.go.jp/osirase/sagi-chui/index.html
大阪府警ホームページ http://www.police.pref.oosaka.jp/05bouhan/anzentaisaku/furikome/index.html
大阪狭山市ホームページ http://www.city.osakasayama.osaka.jp/kurashi_tetsuzuki/bosai_bohan_shobo/bohan/index.html

参考文献
◆安斎育郎(2005).だます心 だまされる心 岩波新書
◆池上知子・遠藤由美(2008).グラフィック社会心理学第2版 サイエンス社
◆株式会社日本総合研究所(2008).消費者の意思決定行動に係わる経済実験の実施及び 分析調査報告書 株式会社日本総合研究所
◆菊池聡(2008).「自分だまし」の心理学 祥伝社
◆レヴィーン・R.忠平美幸(訳)(2006).あなたもこうしてだまされる 草思社
◆西田公昭(2009).だましの手口 PHP新書




平成27年5月 講演の舞台活花



活花は季節に合わせて舞台を飾っています。


平成24年3月までの「講演舞台活花写真画廊」のブログはこちらからご覧ください。
講演舞台写真画廊展へ