第7回
一般教養科目公開講座
於:SAYAKA大ホール
平成23年12月15日
人と微生物の関わり
〜身近な微生物からバイオエタノールまで〜




大阪府立大学大学院 生命環境科学研究科 教授
川口 剛司 氏

 
熟大祭の写真が展示されている会場入口と受付の様子

講演要旨

人は古くから知らず知らずのうちに微生物を利用して暮らしを豊かにしてきた。
身近な微生物たちとその働きについて紹介するとともに、現在世界中で進められているバイオエタノールと微生物の関わりについてお話します。
 

 微生物というと一般の方は病原菌や腐敗菌など悪いイメージをされることが多いようですが、今日は人に役立つ微生物の話をします。微生物が生産する酵素を利用して我々の生活を豊かにするという話です。

微生物とは
 生物は細胞の構造が複雑か、簡単かで原核生物と真核生物に分かれます。原核生物には微生物の仲間しか存在しません。細菌(バクテリア)、大腸菌、枯草菌や黄色ブドウ球菌、放線菌などです。真核生物には、黴、酵母、茸などの微生物、わかめや昆布などの藻類、アメーバ、草履虫やマラリア原虫などの原生動物、そして植物、動物が分類されます。
 微生物の定義は実は曖昧で「肉眼ではよく見えず顕微鏡でなければ見えない生物の総称」とされています。つまり小さければ全部微生物の仲間に入るのです。動物でも原生動物、植物でも微細藻類などは微生物の範疇に入ってしまいます。このように微生物学は対象とする生物が非常に広範囲な学問体系となっています。
 生物には共通の祖先から独自の進化を遂げてきた三つの大きなグループがあります。一つが原核生物のバクテリアの世界です。もう一つは真核生物である動物や植物で我々はここに入ります。もう一つは古細菌というこれも原核生物なのですがバクテリアとは全く異なる大きなグループがあることが最近分かってきました。高温で酸性が強い硫酸酸性の温泉のような原始地球に似た環境に好んで棲むような微生物のグループです。
 微生物の大きさはどの程度かというと、原生動物の大型のアミーバは零点何ミリで、この辺が肉眼で見える限界でこれより小さいのは全部微生物ということになります。微生物の中でも真核生物に入る黴とか酵母は10μmくらい、バクテリアになるとその十分の一位の大きさになります。ウイルスはまたその十分の一位です。つまり微生物の大きさは1μmから10μmくらいの間と思って頂けたらいいと思います。

微生物の利用
 微生物をどのように利用しているかといいますと、我々の暮らしに密接に関係しているのは酒、醤油、味噌、納豆、鰹節、塩辛、乳酸飲料、チーズなどの発酵醸造食品があります。工業的には微生物あるいは微生物の作る酵素によって、アルコール、有機酸、アミノ酸などの食品添加物が生産されています。もう一つは抗生物質ですね。茸は微生物菌体の利用としてそのまま食べているわけです。茸は肉眼で見える大きさですが黴の仲間で分類上微生物に入っています。
 環境浄化への利用では、例えば微生物の働きで排水処理を行うことは普通に行われています。酒、味噌、醤油などの伝統的な発酵食品はほとんどAspergillus oryzaeという黴(麹菌)が利用されています。日本醸造協会では麹菌を日本国の菌(国菌)と定めています。泡盛、鰹節、ブルーチーズ、豆腐ようなども種々の黴を利用しています。
 微生物を利用するという時、特に発酵工業では微生物が生産する酵素が働くわけです。酵素はアミノ酸で構成されたタンパク質ですが、20種類のアミノ酸の並び方で性質の違う酵素になります。化学反応を促進するが自身は変化しないという物質を触媒といいますが、酵素は、化学反応の活性化エネルギーを下げて少ないエネルギーで反応が進み、基質や反応生成物の特異性が高い非常に有用な触媒です。しかし、その安定性と活性は限られた温度、pHでしか働かないという欠点もあります。
 工業用酵素の国内需要は、一番多いのが洗剤、その他ジュースやワインの濁り除去、澱粉、乳製品等で240億円になります。洗剤には蛋白質や澱粉の汚れを分解する酵素を入れていますが、酵素(蛋白質)を変性させる界面活性剤(石鹸)も含まれていますので、これに耐性のある酵素を開発して利用しているのです。その他にもアルカリ耐性など洗剤酵素の条件を満たす酵素をメーカーは開発してきたのです。またセルラーゼはセルロースを分解する酵素で、綿製品の毛羽たちを分解除去して新品の風合いに戻してくれると言われています。
 食品工業用酵素としての利用は、グルコース(ブドウ糖)を異性化してフルクトース(果糖)にする酵素があります。こうしてできた二つの糖の混合物を異性化糖と言います。ジュース等にはほとんどこの異性化糖が使われています。グルコースや蔗糖はべたつく甘さ、フルクトースは切れのよい、さわやかな甘みなので異性化糖は程よい甘味料となります。

バイオマスとは
 最近、バイオマスという言葉がマスコミ等に取り上げられることが多いのですが、もともとは生物量を表す学術用語が、石油危機を経験してきた近年「太陽エネルギーを源とした地球生物圏の物質循環に組み込まれる全ての生物有機体」とされています。地球全体で言うと、太陽エネルギーで光合成して育った緑色植物を動物が食べる、動物植物が死んでそれを微生物が分解する、という生物を構成している有機物質の総称とも言えます。ではなぜバイオマスに注目が集まっているのでしょうか。
地球環境の変化(人口、温暖化、石油)
 世界の人口は、現在の60億人から、今世紀半ばには90億人になるといわれています。特に発展途上国の増加が著しく、食料危機、環境汚染、エネルギー消費などの問題が増大します。
 もう一つの問題が地球温暖化です。温暖化の一番の原因は推定でしかないのですが、CO2の温室効果と言われています。そこでバイオマスから作るエタノールが注目されるわけです。これにより化石燃料の使用量が減ってCO2の排出量の抑制につながるということです。1992年リオデジャネイロの地球サミット直前に地球温暖化防止条約が締結され、2005年には1990年を基準として先進国は5%以上(日本は6%)CO2の削減するという京都議定書が発効しました。ところが問題はCO2の最大排出国であるアメリカと中国が参画しておらず批准義務がないことです。
 さらには数年前、鳩山首相(当時)が排出権を発展途上国から買うとしても大きな数字である25%削減を宣言したことです。日本の問題は、石油など化石燃料に依存した形態で産業が成り立っていますが、石油の輸入率は99%以上でかつ政情不安定な中東に集中していてリスクが高いということです。また石油の40%は燃料、30%は化学工業原料として利用されており、エネルギーは風力、地熱や原発で代替できるとしても、化学工業の方は成り立たなくなるのです。

我が国の対策
 こういう背景のもとに2002年に政府は「バイオマス・ニッポン総合戦略」で地球温暖化防止、循環型社会形成、戦略的産業育成、農山漁村活性化の観点からバイオマスの推進を決定しています。2006年の見直しでバイオマスタウン、バイオエタノールの利用促進が付け加えられました。
 石油依存から脱却するために、植物バイオマスを利用して澱粉やセルロースを糖に変えてエタノール化学工業原料を作り、さらにプラスチックにする、というシステムを構築することが重要になってきます。このような技術をバイオリファイナリーといいますが、バイオエタノールはその一つです。

バイオエタノールの原料
 バイオマス原料としては古紙、建築廃材、間伐材、食品廃棄物、草本系などがあります。古紙のリサイクル率は70%に達していてほぼ限界に近くバイオエタノール原料としては期待できません。建築廃材などはリグニンやヘミセルロースが含まれているのでそのままでは利用できませんから物理的、熱化学的処理により構造を柔らかくするなどの前処理が必要です。糖化には、セルロース、ヘミセルロースを温和な条件で分解する酵素を利用しようというのが日本の作戦です。セルラーゼはセルロースを分解する酵素の総称ですが、これを高活性酵素として創生する、反応を最適化する、生産性を向上して安価にする、回収再利用のシステムを考える、ことなどの課題があります。
 さらに、森林バイオマスの生産量は50年で1.4倍にしか増えていません。トウモロコシは品種改良などで7倍以上に増加していて有利ですが、それでも1ヘクタールあたり10トンが限界と言われています。バイオマス原料として適した植物を育種、管理し収率を2倍以上にしないと原料の供給は追いつかないでしょう。

バイオエタノールの研究
 バイオマス原料について、2007年、科学技術政策に関する最高機関である「総合科学技術会議」は食料と競合しないセルロース系バイオマスとする基本方針を決めました。アメリカはトウモロコシからバイオエタノールを生産していますが、日本では食料となるものは原料にしないという方針です。
 2006年、経産大臣、自動車工業会会長、石油連盟会長により「次世代自動車・燃料イニシアチブ」が取りまとめられました。これに基づき経産省、農水省が連携して、自動車、石油業界等と「バイオ燃料技術革新協議会」を設置し、バイオ燃料技術革新計画を策定しました。これに則って企業や大学、独法という実施主体が受託して研究を進めているところです。
 その指針は非常に厳しく、国内の稲藁、麦藁、杉を原料としてエタノール1リットルの生産コストは100円とし、さらにバイオマス原料として育成した原料と技術革新により40円とすることとなっています。平成20年度の予算は数百億円で、アメリカの100分の1以下でしかありませんが、十分競争できていると自負しています。
 バイオエタノールの実証試験は、サトウキビ系のE3(エタノール3%混合ガソリン)が沖縄の宮古島で行われています。建築廃材からエタノールを作る実証プラントは、堺市のバイオエタノールジャパン株式会社がやっていて、大阪府内にE3ガソリンを販売しているガソリンスタンドがいくつかあります。また、フランスで開発されたETBE(ethyl tertiary-butyl ether)の添加バイオガソリンの販売を首都圏でやっています。
 バイオエタノール技術の課題は、原料、発酵過程や分離精製ではなく糖化技術にあります。糖化に使用する酵素にコストがかかることで、澱粉から砂糖を生産するための酵素の100倍が必要なのです。リッター40円の実現はまだまだ長い道のりとなるでしょう。

《講師未見承》


平成23年12月 講演の舞台活花



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