平成17年度
熟年大学
第2回

一般教養公開講座
於:SAYAKA小ホール
平成17年6月16日

 持株会社の時代



講師
京都大学
教授
下谷 政弘氏

講演要旨

バブル崩壊後の日本経済は、それまでとは大きくシステムを変えつつ
ある。そのことを象徴するのが持株会社の解禁であり、M&Aの隆盛で
ある。日本経済の競争力の一つであった企業の結合様式の変化に焦
点を当てながら、「エキサイティングな日本経済」について議論してみ
たい。
                
1.バブル経済崩壊と日本経済

・日本経済の推移
  60年代 ようやく先進国への仲間入り(OECD加盟)、10%以上の経済成長
  70年代 5%台の経済成長。オイルショック、高度成長の終り
  80年代 4%台の経済成長 
  90年初 バブル崩壊。日経平均株価89年12月 38,915円⇒03年4月 7,607円
        各企業の保有財産が5/1に  不良債権の発生
  90年代 不況 成長率1%  マイナス成長も 

                   

・日本経済の構造転換、「失われた10年」
  90代は「失われた10年」は経済状態は悪かったが、新しい段階へのための
  法律・制度が数多く生まれた。終身雇用、年功序列、系列、護送船団など
  従来の日本的経済のシ ステムがおかしくなった。 競争を通じて弱い者を淘
  汰し、グローバル競争を行うため、制度改革が必要となった。(コーポレート
  ガバナンス)
  
  93年4月 銀行、証券の相互乗り入れ
  96年10月 損害保険、生命保険の相互乗り入れ
  98年5月 銀行、証券、保険審議会の一本化(金融審議会) 産業の融合
   例:2001年異業種の参入(ソニーバンク)など、新しい試みが行われてき
     た。
                             
2.「持株会社」とは何か

・持株会社
  推理小説家 アガサ・クリスティは「持ち株会
  社」のことを「うさんくさい」と、次のように書い
  ている。

  「このようなみせかけの財産状態などは何に
  もなりません―お互いがお互いを呑みあって
  いるたくさんのヘビみたいなものです!会社
  とその<持株会社>といったあんばいで、とん
  とわけがわからないだけです」(アガサ・クリスティ『パートラム・ホテルにて』)

  「持株会社」:相手方の株式を持つことによって、相手方のビジネスを支配
            する。「ホールディングカンパニー」という

3.独占禁止法


・独占禁止法の変遷
  47年 原始独占禁止法 「第9条 持株会社はこれを設立してはならない。」
      戦前の財閥による巨大な経済が政治を動かした⇒GHQが財閥を解
      体、財閥の本社は持株会社にすることを禁止⇒経済民主主義
      「公正取引委員会」の設立

      「第10条 金融業以外の事業を営む会社は他の株式を取得してはな
      らない」⇒GHQは日本国を工業国でなく、農業国に落しめようとした。

  49年 第一回の改正 「第10条 所有した会社間の競争を実質的に減殺し
      ない場合は持株会社になりうる」
      背景:東西冷戦により米国が日本国の位置付けを変えた。自由主義
        経済陣営の一員とする⇒第9条と矛盾することとなり、この状態
        が50年間続いた。

「持株会社」の種類
   「事業経営持株会社」:他のビジネスと兼ねる。
   「純粋持株会社」  : 株を保有することにより、支配を主とする事業。
                   (第9条で禁止しているのは「純粋持株会社」で
                    あると解釈してきた)

     この改正により、「事業経営持会社」は実質解禁された。企業の結合
     関係⇒「系列」が多数生まれた。
      例:住友 「白水会」 等の事業経営持株会社が生まれた。これが戦
        後日本経済の出発点となった。

  97年 第9条 「事業支配力が過度に集中することとなる持株会社はこれを
     設立してはならない」 経済民主主義の象徴が改正された。
     「純粋持株会社」が解禁され、「純粋」と「事業経営」の区別がなくなっ
     た。この当時は政治的、経済的、社会的に大きな反響があった。

  02年  「持株会社」⇒「会社」 「持株会社」という表現が消えた。
     新聞報道がなかった。「財閥」を連想させ
     ない施策があった。


4.ガイドライン「禁止3類型」
の問題点

・「事業支配力が過度に
することとなる・・・」
 とは?

  禁止される3類型のガイドラインが公正取引
  委員会より示されている。

  第一類型
   旧財閥のような企業集団。グループ総資産15兆円超で、かつ5事業分野
   以上でそれぞれ総資産3000億円超の会社を持つ場合。

   現実には住友、三井などの企業集団は、相互の支配服従はなく、ゆるや
   かな連合体であって、持株会社は起こりえない。総資産15兆円を超える
   巨大企業は「5事業分野以上・・・」項目がなかったなら抵触するので設
   けているだけ。

  第二類型
   大規模金融機関を持つ場合。総資産15兆円超の金融機関と総資産3000
   億円超の一般事業会社を持つ場合。

   97年の金融持株会社関係法で一般事業会社は入れないこととなったので
   第二類型は機能していない。

  第三類型
   相互に関連のある有力企業を持つ場合、5事業分野以上(金融などは3分
   野以上)でそれぞれ有力会社(シェア10%以上または上位3位以内)を持つ
   場合。

   突然シェア10%以上または上位3位以内になったら、グループからはずれ
   るのか。変化の激しい時代にマッチしない非現実的な基準。

  禁止しないケース
   純粋分社化
   ベンチャーキャピタル
   金融機関の異業種の新規相互参入
   総資産合計が3000億円以下

  同業種企業が水平に持株会社に入れば、過度に集中するのに、あえて
「水
  平併」⇒禁止第四類型が設けられなかったのは、何故なのか?


 5.なぜ、持株会社は解禁されたか

 「持株会社」は現実にニーズがないのに、何故解禁し
 たのか解禁の真の狙いは?

 銀行救済
 金融制度の改革、ビッグバンに対処するため、金融持
  株会社を作ってスケールを大きくして金融の安定化を 図る必要があった。

   98年 金融持株会社が生まれた。
                      「みずほフィナンシャルグループ」等
   都市銀行 20数行⇒東京三菱、みずほ、UFJ、三井住友4大金融
   グループにほぼ統合された。

 もし、「禁止第四類型」⇒「水平合併」を禁止していたら、金融持株会社
 が設立出来なかった。

 銀行だけが、特別扱いを受けた。他に NTTも適用を受けた。

         

                      





6月 講演の舞台活花