平成15年度
熟年大学
第8回

一般教養公開講座

於:SAYAKA小ホール
平成16年1月15日


 〜日本の高齢化を加速する少子化をめぐって〜

講師
神戸大学経済学部
教授
高橋 眞一


                    講演概要
日本の高齢化をより加速する少子化は、先進国の中でも最も深刻です。なぜこのような少子化が起こったのか、どう変化しつつあるのか、今後どうすればよいのか、について考えていきます。
 
講演の要旨

只今高橋先生がラオスにご出張のため、
ここでは、ご講演のほぼ全容を掲載します。
読み易いサイズのご講演要旨は、
先生のご帰国後に再掲載の予定です。
T はじめに
 問題の所在
?1970年代以来の出生力低下あるいはいわゆる少子化は,人口高齢化をさらに推し進める。  一般に人口高齢化は,出生力の低下,いわゆる少子化と平均寿命が高くなることによってもたらされるが,少子化が高齢化に最も大きな役割を果たしている。
?一方,人口高齢化は将来の扶養負担や経済の活力に大きな問題をもたらすと考えられている。
?高齢化をもたらす少子化はなぜ生じたのか,少子化に対してどのように対処したらよいのか。
  
 1.少子化の先輩としての人口転換
?欧米諸国では,1870年代から1930年代前半にかけて,出生力(合計特殊出生率−−女性が一生涯に産む子供数)が大きく低下した。

日本では,1920年代から出生力の低下が始まり,第二次大戦による中断があったが,戦後,出生力は猛スピードで低下した。
?これらの国々の出生力低下は,人口転換で説明される。
?
?高死亡率・高出生率(出生力)から低死亡率・低出生率(出生力)への変化が,18世紀以降の経済発展によって生じたと考えられる(図1−1)。

 2. 人口転換後の少子化
?最近の少子化は,人口転換による出生力低下の後に起こっている現象である。
?少子化が,人口転換の延長上にあるのか,それとも新しい時代の到来によって引き起こされたものであるか,あるいは現代の深刻な諸問題の結果として生じているのか。

U 少子化の実態:日本と欧米の低出生力化の特徴

?1960年代後半以降、先進国で著しい出生力低下がみられた。
?日本では遅れて1970年代前半以降出生力が著しく低下し、置換水準以下のいわゆる少子化が進行している。
?
? 欧米では、有配偶出生力もたしかに低下しているが、結婚の枠組み自体がかなり変化しており、離婚率が非常に高く、また結婚外の出生も多い。
?このような傾向は1960年代以降から次第に顕著になった。

○日本の場合
最近まで,出生力の低下が、有配偶出生力(夫婦出生力)の低下よりもむしろ、結婚年齢の上昇、結婚率の低下(有配偶率の低下)によるところが大きい。
?これらの変化が出生力低下にもたらした影響も無視し得ない。
? 平均初婚年齢
?1970年 男27歳 女24
?2000年  30歳  28歳
? 未婚率の上昇
?有配偶出生力は,1960年代後半以降出生コーホート(グループ)から低下傾向

V 少子化の要因

なぜ再び出生力が低下して、置換水準を下回るようになったのか。要因は多様。

1 ヨーロッパでは第二の人口転換の議論
       省略
?
2 イースタリンの相対所得仮説
    省略
?
3 1960年代以降の出生力低下の要因 

?低出生力化・少子化の要因について今まであげられているものを列挙。
○ 結婚年齢および有配偶出生力全般に関わる要因
       
a) 女性の社会進出−−1970年代以降先進国では女性の高学歴化、雇用労働力率上昇−−産業のサービス経済化に伴って、女性労働へのニーズが高まったこと(パートタイム労働を含めて)
    その結果
    ・晩婚化、非婚化−−結婚しなくとも自活が可能になる
    ・有配偶出生力の低下−−ただ,最近他の先進国ではむしろ女子雇用率が高いほど出生力高い
b) ピルの普及とその社会的インパクト
?1960年代に欧米諸国で普及−−従来の避妊法と異なって男性主導でなく女性主導であること
   望まない妊娠や妊娠結婚(できちゃった婚?)が減少し晩婚化へ
 c) 価値観の変化−−個人主義化
?子供中心社会の終焉−−自由なライフスタイルへの志向



 ○主に結婚年齢の上昇や非婚化に関わる要因

d) 青年層の窮乏化−−西欧諸国では70年代から80年代にかけて、経済成長の停滞が続き、とくに若年層の失業率が高くなった。−−すべての国で相関するわけではないが。
日本においても最近若年層の失業率上昇によって、結婚率に影響を与える可能性。−−20歳代前半で10%台
e) 量的には多くないが、日本の周辺農村部では、農村出身の女性が農家に嫁ぐことを嫌って、都市へ出て行き、そのために農村男性の結婚年齢が上がったり、生涯独身率が高まっている。−−東北の多くの農村では、40-44歳男子の場合20%以上が未婚、女子の場合は5%程度が未婚。
f) 子供を産み育てる環境が劣悪、特に女性が負担を強いられる。主婦専業でも女性が就労していても、子供を育てるためには条件が悪化しているため、女性を中心に結婚を先延ばしにする、あるいは結婚しない。−−性別分業社会の存続
g) 子供の精神的成長のモラトリウム化−−なかなか親離れせず、いつの間にか独身で再生産年齢期を過ぎる。また、少子化で、親が子供との同居を拒否せず。場合によっては,将来,そのまま独身の子供が年金等が当てにできない親の面倒を見る可能性。
h) 欧米では、ピルの普及は、他面で結婚という形態をとらない同居・同棲の増加をもたらした。−−家族や結婚の枠組みの弱体化。この場合子供を作る割合が減少する。
i) 特に日本では、かつて見合い結婚が主であったが、現在では恋愛結婚が主になった。しかし、男子も、女子も未婚のまま年齢が上昇すると、仕事等で恋愛結婚の機会が減少する。結婚をしたいが相手が見つからない。

○主に有配偶出生力低下の要因 

j) 経済発展に伴って結婚した女性の社会進出が著しくなっているのに対して、家族のあり方や企業等の労働慣行等がそれに見合った状況になっていない。
k) 働く女性の需要に応じた保育施設が整備されていない。
l) 子供の養育費用がますます増大−−高学歴化によるこの費用の家計予算に占める割合の増大。
m) 将来の環境問題や失業問題を考えると、子供をもつことに不安を感じる。
n) 出生率低下の結果、将来の高齢化による社会保障等の不安が、さらに出生率低下を招く。少子化と高齢化の悪循環。

W 少子化の影響と対策


. もしこのまま少子化が続けば、人口構造はどのように変化するか
? ? 
?年少人口の減少
?再生産年齢人口−−労働力人口の減少
?高齢化の加速

. その結果として起こることが予想される問題

?労働力人口にとって所得税の増大と扶養負担の増大−−とくに医療保険、年金保険
? 労働生産性と適応力の低下
? 消費需要の減少と消費構造の固定化
? 投資意欲の低下と貯蓄能力の減退
? 労働力の流動性低下と失業リスクの増大
? 医療・介護需要の増大と保険・福祉マンパワーの不足
? 老人支配による活力低下

3. 少子化に対する対策

少子化は、放っておけばこのまま低い段階で進み、将来著しい人口減退がやってくるという考え方が一方である。この場合、人口の問題は環境問題と同じで、ストックに影響を与えることが明瞭になったときには、時すでに遅し,と考える。
?他方,今後の出生力変化に関して、これは新しい経済の構造や社会の変化に対応する過渡的な現象で、ポスト工業化時代が確立するにつれて、晩婚ではあるが一定の出生力回復はみられるであろうという議論がある。
?これらのどちらが正しいか。
現在、多くの先進国で出生力を維持・回復させる家族政策がとられている。
?児童手当、育児休業、子育て支援基盤の充実等の様々な 政策がある。しかし、一般的にいって今のところ、それら家族政策の充実と出生力の水準とは,あまり相関が強いとは言えない。
?アメリカでは何の家族政策を行わなくとも出生力はある程度の水準を維持。 ? ドイツでは充実した家族政策にも関わらず低水準。 ? 
スエーデンでは、やはり充実しており、一時的に出生力は反騰したが最近再び低下。
?現在、何もしなくともよいという議論と政策の必要性ありの議論とが対峙している。

. 日本の少子化対策
○ エンゼルプラン
    省略
?
○ 少子化対策プラスワン
     省略
?
5. 一般的な対策への提案
?結婚率の上昇−−家庭を持つことを魅力的にする。ーー企業の労働慣行等を改革する。
? 有配偶出生力の上昇−−育児手当
                   育児と仕事の両立
                   地域で育てる−−前期高齢者の活用
?家族という組織をもう一度考え直す。
?子供を公共的な財とする考え方
子供を持つ人にはみんなで援助するということが考えられる。これは、子供を持つ人への援助だけでなく、子供を育てる環境の整備していくことに重点的に配分することが考えられる。 
?低出生力化への最も大きい問題は、ミクロ的にみて、子供を持つことと人々の生存維持とが全く乖離したことによる。そのもっとも大きな引き金は、年金や社会保障制度の確立である。
?社会保障の見直し−−子供を持つものに厚い年金等−−しかしこれも子供を持てない人々もあることから難しい問題。 子供を持つ人と持たない人で、年金に差をつけるというのは、年金を次世代が負担するという考え方ではあり得るかもしれない。しかし、子供を持つ持たないは非常に複雑な問題であり、このような方法は必ずしも賛同が得られないであろう。
?従来と異なって世代間の分配を考えていくことが重要。−−環境問題も同様。
?従来の年功序列的賃金と生涯雇用が女性の雇用に問題をもたらし出生力を低下させるという考え方がある。−−八代尚宏『少子・高齢化の経済学』, 1999.
?男女とも、従来の分業論ではなく、家庭、仕事での協同的に行っていくことが必要。−−男女共同参画社会
?男女が共同に家庭の仕事をすることの違いが、出生力の差異をもたらすという考え方の根拠として、アメリカ、イギリスが家庭に於ける共同参画が進んでいるのに対して、ドイツ、日本、南欧では男子が家庭の仕事をあまりしない傾向がある、ことに求められる。

6. 今後の対策へのまとめ

?基本的には、子供を産み育てることは、個人の判断に任されることであり、出生力上昇を国策として推進することは困難。
?しかし、子供を産み育てることは、人間のもっとも基本的な営みの一つ(本能の一つ)で、人々が等しくそれを行い得る状況にあることが必要である。
?その意味で,子供を産み育てる環境が問題であれば,それを整備するための方策は必要である。
?今までの政府の政策は確かに子供を育てる上で困っていた人々にとって,何らかの手をさしのべていることは事実であろう。
?また男女共同参画社会も,女性の負担を軽減するであろう。
?しかし,長時間労働と長時間保育が前提というのは,本当に望ましい姿であろうか。
?日本では,競争社会が進展しても,生活の質が相変わらず貧弱のまま,これからの労働者は,能力ややる気のある人たちは,給料が高くなるが長時間労働となり,ますます子供を養育する機会がなくなる。
?日本でも仕事と生活の両面を達成できるようにしていくために,生活の質とは何かみんなで考え,そしてそれを政策として具体化していくことが重要であろう。
?このことは,子育てだけでなく,結婚についても影響するであろう。仕事だけでなく,生活が満足のいくような状況であれば,結婚する機会も多くなるであろう。
?具体的に考えていく場合、地域によってかなり異なった生活や生産の特色があり、地域ごとに適切な少子化対策や高齢化対策が考えられるであろう。




今月から司会者が交代します。
重里さんをご紹介します。



1月講演舞台活花